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この大陸で人間種の勢力は数多い。人魔戦争が終わった後、かつて魔が支配していた領域に今度は人間の側が食い込んだ形だ。
しかしながら国家と言える規模となれば、数えられる範囲に留まる。代表的な名を挙げろと言わればディアモンテ王国、サフィーレ帝国、ペリドント塔国……それぐらいしか世の人々の口からも出ない。これらは人魔戦争の頃から中心的存在であったのだから、当然のことであった。
そもそも人魔戦争においてこの3つの国が他国を糾合して対抗を始めたのだから、その奇妙な子分親分の考えは続いていた。
元“剣聖”は現在、北に位置するサフィーレ帝国へと足を進めている。
3つの大国家の内、最も開放的かつ親しみの合ったディアモンテ王国とは今や確執がある。王国の側からも、元“剣聖”からも今更同じ泉の水を飲みたくないといった次第だ。
ペリドント塔国はそもそも閉鎖的である。人魔戦争の時代ですら他国人を入れようとしなかったという筋金入りの排他的国家。一定の勢力を保持したまま、とうとう人魔戦争の集結まで乗り切ってしまったのだから大したものだが、根無し草の行き先としては不適当である。南方蛮族など論外であろう。
消去法で残る行き先はサフィーレ帝国となるのは自然な流れだ。
北にあるこの帝国は魔との争いが終わるや否や、すぐさま人との争いに切り替えたことから心ある人間からの評判は悪い。
――傭兵になって、従軍して、次いで市民権を得るか。
しかし元セイフが考えたように、そこが他国にない魅力だった。
支配された地域の出身者や放浪者でも一定の期間補助兵として従事するか、傭兵として功績をあげれば晴れて帝国人になれる。サフィーレ帝国にはそのような風習があるのだ。
帝国は外部に侵略して支配することに腐心しており、ついでに文化を押し付けることにも熱心だ。他国人からしてみれば堪ったものではない……が、裸一貫から立身を望むものにとっては帝国ほどに都合のいい国家もない。なにせ歴代の皇帝にはそれこそ傭兵の血が混ざった者さえあったのだ。
過去を捨てたつもりで前向きな蛮族丸出しの思考を弄びつつ、褐色の男は意気揚々と進みだした。
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さて、転機というものは思いがけない時に起きるものだ。
魔王を討った功労者が謀殺されるというような大きな出来事から、誰かに褒められたというような小さな物事まで多種多様。大事なのは経験するものにとっての重要性であり、世の中における事の大小とは全く関わりがない。
このさして肥沃でない土地で、晴れでも雨でもない曇天の日が元“剣聖”にとっては中々に良い思いつきの日となるのだった。
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