終末旅行

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※ ※ ※ 「流石に退屈じゃない?」 マホがゴロゴロと転がりながら言った。ツアーは1週間のはずだったが、私たちは1週間よりずっと長い間、天国での時間を過ごしているような気がする。 「もしかしたら、薬が効かずに生き返れなかったのでは?まさか、ポックリ逝ってそのままなんて!」 マホが寝たままの姿で慌てだした。慌てても決して起き上がらないところは、普段のベッドの上と同じである。 「地上の1週間と天国の1週間は長さが違うんですよ。」 急に視界が狭くなったと思えば、頭の上にアライグマである。その落ち着き払った態度はアライグマ然としていない。私の知ってるアライグマはラスカルしかいなかったけれど。 「ラスカルはしゃべりませんし、私はアライグマでなく天使です。」 アライグマの天使が私の心の声を聞いて訂正した。 「ラスカルって喋らなかったっけ?」 マホは呑気である。 「ねぇ。それより。時間の長さが違うってどういうこと?」 猿の惑星か竜宮城か。時間の相対性は厄介だ。例えば1週間が10年になったら悲劇である。 「ご心配なく。精々が2,3日長くなるだけです。」 私はそれを聞いて安心したが、今のマホには2日も絶望的な長さに感じられるようで、ジタバタとダダをこねた。 「無理。退屈。もう耐えられない!何か面白いことはないの?」 時間は主観によっても相対的である。 「そうですね...。それならとっておきの場所がありますが。」 それがどんなものであっても今のマホなら乗っただろう。私たちは聖者の行進の如く一列になって天使に付き従った。 一行がたどり着いたのは小さな泉だった。ふつふつと透明な水が湧き出ている。私たちが覗き込むと水底に炎が上がったように見えた。 「それは?」 「地獄の火焔です。この泉は地獄に繋がっているんです。」 「仏様が糸を垂らした泉?」 「宗教によっては。」 私たちはじっと下を見つめた。ぼんやりと見えるのは地獄に落とされた人々だった。 「天国では知る人ぞ知る場所なんですよ。他人の不幸は幸せのスパイスになるそうです。」 スイカに塩を振るようなものか。悪趣味な塩である。 「あれ。入り口で会ったお婆さんじゃない?」 マホが指で示した場所には確かに高梨さんがいた。湯気の立つ釜の間をふらふらと彷徨っている。 「あの方は地獄には似合いませんね。お裁きが間違ったのでしょうか。」天使が言った。 「間違うこともあるの?」 「それはまあ。稀に。1万回に1度程度のことですが。」 1万人に1人だもしても、その1人にとっては大事である。私は高梨さんがその不運な1人であることを確信した。助けられるものなら助けてあげたい。せめて死後の世界くらいは公正であって欲しいと私は願った。 「行ってみようよ。」唐突にマホが言った。 「地獄に?」 「残りも数日でしょ。さあいざ!」 マホはふわりと地面を蹴って、泉に飛び込んだ。私も仕方なく彼女を追った。正直言って私も天国にはもうウンザリしていた。死後の世界には怖いものなどない。唖然とするアライグマの顔を思い浮かべながら、私は水に飛び込んだ。
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