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防犯ガラスによって遮られていた雨音が大きくなると共に、人影が影ではなく実体となって姿を見せる。
和子の瞳に、その姿が映る。
子供がいた。
それは亡くなった6歳当時のままの姿をした、我が子・泉太であった。
降りしきる大雨のために、川に浸かったように全身ずぶ濡れになっていた。
「待っていたよ。泉太……」
和子は、息子に手を伸ばすと泉太は玄関内に入り、和子の足元にすがりついた。
「お母さん。会いたかったよ」
泉太は顔を和子の腹に顔押し付ける。
そして、母親を見上げた。怨みのない、ただひたすらに愛情を求める純真な子供だ。
和子は涙を流しながら、その場に膝を折り息子を抱きしめた。雨に濡れた泉太の身体は氷のように冷たく、和子の体温を急速に奪っていったが、和子は泉太を抱きしめる腕を放さなかった。
会いたかった。
愛しかった。
恋しかった。
72歳になった和子と、6歳のままの姿でいた泉太との、その姿は祖母と孫程に歳が離れていたが、紛れもない親子の再会であった。
「お母さんも。ずっと、ずっと泉太に会いたかったよ。ごめんね、35年もの間ずっとお家に入れてあげられなくて」
和子は声を震わせ泉太の顔に頬を押し付け、とめどなく涙を流していた。泉太が死んだ時、枯れるほど涙を流した筈なのに、まだ涙は枯れていなかった。
「お母さん。哀しいの?」
泉太は、泣き続ける母親を心配する。
「違うよ。嬉しいの。泉太と会えて嬉しいの」
和子は二度と会えない、話せない、触れられないと思っていた子を離すまいと、抱擁を続けていた。
そんな二人の傍らに、汀が立っていた。
「月夜さん。お願いします」
和子は息子を抱きしめたまま、声を震わせて願った。
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