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和子は自治体の人が、大雨による見回りに来たのだろうと思った。和子の家から川は近いが、土地そのものは周囲より高い所にある。最寄りの公民館の土地よりも高いので、避難するよりも自宅の方が安全なのだ。
実際、夫と義両親から地域が水害にあった時も、この家は水害を免れたことを教えてくれていた。水害で孤立することはあっても、床下浸水すらも心配することはなかった。
洗い物を終えた和子がエプロンで手を拭いていると、知子が戻って来た。
「知子。誰だったの、自治会長の田所さん?」
和子が尋ねると知子は、首を横に振った。感情を無くしたように、真顔で答える。
「……ただいま」
知子は言った。
言っている意味が分からず、和子は訊き返す。
「何を言ってるの? ただいまって……」
「……そう言ってるの。玄関に居る人が」
知子は答えて、玄関の方を指差す。
和子は娘が指差す方を見た。
奇妙な事態に和子はスリッパを鳴らし、訝しながら玄関へと向かう。
「はい。どちら様ですか?」
廊下を抜け玄関へとたどり着いた和子は、格子が入った玄関の磨りガラスに人影があるのを見た。玄関の軒先には玄関照明があり、夜でも人が居るのが分かるようになっている。
人影を見た瞬間、和子はギョッとした。
小さいのだ。
人影が。
大人の背丈ではなく、明らかに子供の背丈だ。それも小学生にもなっていない未就学児童くらいに。
言葉を発することができない和子に代わって、人影は玄関の戸を叩いた。木造の扉は年月によって痩せ、ガラスを固定する枠にほんの少しの隙きがあることで、少しの風でも大きな音を立てる。
子供の軽い叩きであるにも関わらず、玄関はガタガタと大きな音を出す。音に和子は益々動揺した。
音にビクッとし、心臓が縮み上がる。
人影は言った。
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