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厚手の木綿の着物を着ていた。
髪を染めることもなく、年齢による成長と衰えを自然と受け入れていた女性は、飾らない美しさがある。
もう一人は、20代前半の女性。
ナチュラルなウエーブをかけた黒髪を一つ結びにし、耳前の後れ毛をしっとりと流し、細面のどこか淋しい顔は朝露に濡れた花のよう。
レースブラウスにフレアスカートにスリットの入ったロングコートを着た女性。服の色は、ネイビーとブラックの暗色で統一し、昏さがある。
しかし、神職にあるような神々しさがあった。
カラスのように。
黒い羽毛を持つカラスは、その色と姿から死という不吉なイメージがある一方で、スピリチュアル的には縁起物とされ、神様の化身や神の使いとも言われる。神様の中でも特に太陽神の化身とされており、日本においては、天照大神の化身であるという。
荘厳な滝を見た時に感じる、霊気を伴う涼しさ。
歴史を感じさせる拝殿にある清々しい空気と厳かな雰囲気。
夜明け前の静寂に一筋の光が差し、心が浄化される光景。
声をかけることすらはばかれるような、汚れのない外貌を持った人。
昏いながらも、神使のように美しい女性だ。
名前を月夜汀と言った。
昭和初期のものと思わしき振り子時計の音が響く。
時計の長針が文字盤の12を指すと、ウズボン打ちの音が鳴り響く。
1、2、3、4、5、6、7、8……。
時計が午後8時を告げていた。
「私、ずっと待っていたのです」
高齢の女は、汀に独白する。押し込めていた苦しい気持ちを、懺悔をするように。
「機会は、あったんです。何度も。
でも、私の身勝手で家族を巻き込む訳にはいきませんでした。
義両親は、亡くなる時に言っていました。もうあの子が迷ってこないように引き止めるからと」
高齢の女性は、泣くのを我慢するように鼻をすすって口を押さえる。
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