めぐり雨

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「それからも、続いたのですね。日花さん」  汀は、言わんとすることを察した。  高齢の女・日花和子は無言で頷き、数秒を経て口を開く。 「……はい。お盆の頃、決まって大雨が降ると、泉太は帰って来たんです」  和子は訴えかけた。 「4年前に主人も亡くなりましたが、あの子は来ました。義両親と主人は、泉太に会えなかったのかも知れません。あの子は、家に帰りたくて家族に会いたくて来ているのに」  和子は黒くなった窓の外を見た。  叩きつける雨の音が、大きくなっている。  和子は、汀をみた。 「お盆の四日間は先祖の魂が、あの世から帰って来るというのは聞いていましたが、あの子が家に来る時は、お盆の決まってこんな大雨です。  なぜ、雨の日なのでしょう」  和子の疑問に、汀は答える。 「雨の日は陰陽五行思想では陰の日に当たります。そんな雨の日には、幽霊など霊的なものの力が強まり、陰のものの力が大きくなるのです。雨の日は霊魂が彷徨うので、墓参りは行かない方がよいとも。  江戸時代後期に上田秋成によって著された『雨月物語』は、物語中、怪異が現れる場面の前触れとして、雨や月のある情景が積極的に用いられています。  雨の日は、異界との距離が近くなる」  汀は言った。 「そうですか。だから、なんですね」  女性の答えに、和子は長年の疑問が解け納得したように頷いた。雨の日は、特に夜ともなれば、どこか別世界に異界にでも居るような感覚さえあったことに。  そんな和子に汀は確認するように言う。 「日花さん。本当によろしいのですか。私なら、この事態を終わらせることができるかも知れません」  問いかけに和子は、そっと笑んだ。 「良いのですよ。先程も申したように、ずっとこの時を待っていたのです。家族に迷惑をかけることもなく、そうしたかったのです。35年も考え続け出した答えですから。  このお盆の時期の大雨だけが、めぐり会うことができる唯一の方法でした」
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