第一章 色褪せたセカイ

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 球体。  球状の物体のことだ。尖ったところがなく、歪んだところもない。滑らかで、美しいもの。月や太陽という超規模なものから、ビー玉や飴などの小規模なものまで、様々なものがこの形を成している。  そして。  緋彩が『感精の義眼(センセーションアイ)』を通して視れる本来ないし通常の精神構造もこの形を成している。  正確に言えば、球体の中に球体が存在する二重構造ではある──のだが。  。  まるで崩れた立体パズルみたいに、物の見事にその球体はバラバラになっていたのだ。おかしい。有り得ない、在りえない。 (……ああ? なんだこれ?)  外側の球体は表層意識と繋がっていて、内側の球体は深層意識と繋がっている。だからこんなめちゃくちゃな精神構造を人間は有し得ないし、こんな例外的な精神構造は存在しえないはず。だって── ()  AIのような人工の知能を持つ者でない限り、無機物は精神構造を持たない。先ほど戦闘になった人形はこれに該当するとして。巨人については、外側の球体がなくなっていて、無理矢理組み合わせられ、歪んでいても、こんなにバラバラではなかった。  理由としては至って簡単だろう。  何もないロボットにプログラミングするよりも、元からあるプログラムを利用して操作した方が簡易的だから。元からある、精神というプログラムを。  その言い方を流用するなら。  プログラムのないロボットは動かない。  精神(プログラム)を持たない生命(ロボット)は動かない。 (一体蒼月は……何者なんだ──) 「……緋彩? そんなに見つめられると照れるよ? えっと、キスの合図だったりする?」 「見つめたことについてはすまねぇが、生憎おいそれとキスをするほど俺は欲求不満じゃねえよ。不満があるとすれば、話を聞けば聞くほどお前の正体が分からなくなってくることぐらいだ」  そもそも所謂(いわゆる)神様と人間のハーフのような存在にとって。  昔から人間が求めてきた不老不死に近しいものを得ている存在にとって。  繁殖なり、子孫繁栄なりをするための欲求は必要ない。世界を救った責任とは……人間という枠組みを超えてしまうとは、そういうことだ。 「……むぅ。私はそうされても良いと」  蒼月は、ほっぺと共に不満を膨らます。 「お前はやっぱり、貞操観念が低過ぎないか? 初対面の、しかも刀振りまくってた男に対してそんな事ばっか言ってると、そういう性格(キャラ)だと見られちまうぜ?」  少なくとも痴女ではない──だって戦闘していた時や名道への態度はこんなに甘くなかったのだから。冷酷……とはまた違う、強いて言葉にするのなら、使命のようなものを帯びた目をしていたのだから。  自分にだけ態度が甘い。緋彩はそこまで考えるが、結局は── 「まあ、そこんとこについても、追々分かるだろうって期待しておく」  ──一時保留にしておく。  憶測なんて如何様(いかよう)にも立てれた。逆を言えばそれは、ヒントが少なすぎるという事だから。だから彼には、宿題を先延ばしにするような逃げではなく、慎重な戦略的撤退が必要だった。 「……そうだね。あ、でもこれだけは聞いておく? スリーサイ──」 「一ページ前の押し売りを持ってくるんじゃねぇ!」 「……聞いておかないと損をする」 「ほう。一体どんな損失を俺が被るのか一応聞いてやるよ」  やけに真面目な彼女に、なんだか嫌な予感がした緋彩であったが聞いてみることにした。  そこで彼女は告げたのだ。溢れんばかりの自信で、その胸を張って堂々と。 「……私が推せなくなる。文字媒体では口調以外の、例えば服だったり髪型だったりの描写が少ないから」 「推し売りじゃねぇか!」  いつの間にか緋彩は、蒼月に自分をアピールされていた。 「とりあえず推すか推さないかは置いといて。まだ謎が残ってたな、これはお前の事情より解決しにくい事だろうが──」  アピールと言えば。  この世界はモノクロであり、色が褪せたと言うに相応しい様相を呈しているのだが、まるでその存在をアピールさせるかのように、緋彩や蒼月の身体や服の色はきっちりと残っているのだ。 「なんで俺たちには色が残っているんだろうな?」
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