第一章 色褪せたセカイ

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 違和感……を通り越して浮いている。色というのが世界の芸術家なら、この色褪せた世界でそれらは死んでいるはずなのだ。しかし── 「なんで俺たちだけ、色があるんだ……?」  改めて、緋彩は口にする。 「……えっと、そういう仕組みじゃないの?」  蒼月は少し戸惑った後、何とか言葉にしたという口ぶりで呟く。  当然だ。彼女はこの世界の住人。  この質問は、彼女にしてみれば、地球には何故空気があるのかという質問と近い意味を成す。  つまり、常識に疑問を浮かべる行為。  だから、蒼月には記憶云々関係なく分からない。緋彩もそれに思い至ったようで── 「お前から見ればそりゃそうだよな。俺の元いた世界では、こんな風に人以外モノクロなんてことは常識じゃねぇんだ」  少し考えれば分かることだったなと申し訳なさそうな表情を浮かべた。 「まあ、一応もう一つ理由はあるんだ。俺は人じゃなく、『現人神(あらひとがみ)』だって言ったろ?」 「……うん。神様と人の中間らしいって」 「どうやらパンドラ(依頼主)曰く、現人神には幾つかの特性があるらしい」  らしい。  それは言伝であるし、確かめることも不可能に近い事実ではあったが。という訳で回想。 「君には知識が足りない。現人神としては、生まれたての子鹿のようだよ」  緋彩がこの世界に送られる直前に、彼は知識だけは持っていて欲しいと、嘘だと思うなら話だけ聞いて欲しいと話し始めた。 「子鹿……? そこは赤ちゃんって表現になるんじゃねぇのか?」 「ああ、そうか。君そうだったね。まず『神様』という認識について改めてからにしよう」  相変わらず何処を見て、何について言っているのか緋彩には分からない。含みが多過ぎる。伏線の塊というよりは、伏線が大量に貼られた辞書だ。得られる知識は多少なりあるが、明確な知識にならず、索引する度に謎が増えていくような。  とは言え緋彩は何も追求しない。それは彼の、深みに際限のない濃い雰囲気のせいでもあったが、緋彩が毎度追求しようとした時に軽くあしらわれるからであった。 「認識って言われてもな。人並みにしか神様は知らねぇし、俺にあるのは人知を超えた力とその使い方だけだぜ……?」 「それなのさ。以前現人神は、神と人の中間だと言っただろう? でも僕は一言ものさ」  特別おかしい事はない。  人の成せる範囲を超えた時点で。  どう足掻いても、人からしてみれば人外だ。 「……だったら『神様』も人外ってか?」 「その通り。だから子鹿って表現をしたのさ。人の枠に収まらない、人外の、見方によっては化け物と取れる存在の子ども。そんなものが、『赤ちゃん』なんて生温い表現で表し切れる訳がない」  もちろん、『子鹿』なんて表現も生温いけどねと苦笑して。伝わりやすい言葉がこれしかなかったのさと一つ言い訳を置いて。 「で、だ。彼らを人外たらしめている概念がある。それが──」  回想終了。 「それが、『神性』ってやつらしい」 「……緋彩にも、あるの?」  軽く頷く。    「神秘とも言い換えれるらしい。神様の権能というよりは、権能が使える理由だってよ」  要するに。  ファンタジー読者向けに例えるなら。  魔術・魔法が使えるのは魔力があるから。  この魔力に相当するのが『神性』だ。そして、魔力にも特性や個性があるように、例外なくこの神性にも特性はある。 「例えば俺とお前が実は違う言語を話していても、自動的に翻訳されるし、お前にも翻訳されて聞こえる。これもその一つだ」 「……I love you」 「いや、その、だな。何がどう翻訳されるのかってとこまで試さなくて良いんだよ。お前はアレか、デバッカーか何かか?」 「……あくまで認識の補正はかかるみたい」  話し手と受け手の認識の差を埋めるものなんだと感心する蒼月──といっても実際は表情があまり動かないために、緋彩が勝手にそう思っただけだが──に対して、溜め息を吐きながらも彼は話を続ける。 「それでなんだが。『郷に入れば郷に従え』って(ことわざ)は知ってるか? 要するにその場所ではその場所のルールに従えってことなんだが、神性にもその特性があるんだよ」  その世界(ばしょ)では。  その世界のルールに従え。 「だから。もしこの世界が元からモノクロだったんなら、? この世界は人間だけに色があるのかって話になるんだよ」
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