第二章 悪夢のカコ

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 よく動画とかで、特に何もなかったから割愛、要するにカットするって場面を見かけるんだけど。それをページを跨ぐ行為に乗っかって行いたいと思う。  何故なら結局俺がやったことと言えば至極単純で──エレベーターで一階まで降りて、そこから駐輪場に向かって、自転車の鍵を解いて、学校に向かった、ただそれだけだからだ。 「はぁ……」  怒りとも、呆れとも、あるいは虚しさとも取れる溜め息が口から漏れる。  現実だと例え誰かに保証されても、夢だと思ってしまう。あるいは今までが夢で、これが本当の現実なのではないかと。  ものの十数分ほどの移動だったのだけど、記憶の中の街と本当に一ミリたりとも変わらない事が確認出来た。もう戻らないはずの、化物も怪物もいない日常だった。  花屋はから休業中で、閉まったシャッターが寂しさを醸し出している。  コンビニはいつも通りの出入りだし、本屋だってこれといった変化はない。  それでも。  それでも俺には、違和感があった。  いや、不和感の方が近い。  ふわふわで緩やかな日常に潜む、不和不和で合致していない何か。現人神(あらひとがみ)としての権能はないはずなのに、第六感が何か違うと訴えている。 「着いた。……答えはあるんだよな」  そして俺は、県立辰神原(たつみはら)大学──その駐輪場に自転車を止め、あの場所付近まで走って一度足を止めていた。  現人神とかいう神様になる前から運動神経は良い俺だ。  だから息を整えるために……というよりはこれから先に何が待ち構えていても対応出来るように、一度足を止めていたのだ。  春休み真っ只中とは言っても部活に励む連中はいて、晴天に響くサッカー部の元気な声が聞こえる。確か当時も──この世界が過去と似ている事から、この言い方にどうしてもなってしまうが──そんな事を考えていた。  それで、気を紛らわせていた。  心臓の、鼓動の高鳴りからどうにか注意を逸らそうとしていた。  この後俺は彼女、月銀(つきがね) 奏に告白するからだ。  そんなわけで、『あの場所』……桜の木の下というベタな場所に彼女を呼び出したのだ。満開になっていない季節ではないと分かっていたけれど、俺なりに形だけでもシチュエーションは作っておきたかった。  まあ、今は違った意味で心臓が高鳴ってしまっているのだが、懐かしさを覚えてそんな事を思い出すのは、やはり注意を逸らしたかったからであって、過去と同じ行動をとる結果になったのには変わりはないが。  彼女は俺が来る方向を知っているはずなのに背中を向けていた。  その意味を、当時の俺は、いやは直後に知る。  ゆっくりと歩いて近付いていく。  その足音に気付いたのだろう、彼女が静かに振り向いた。  世界の色彩(イロ)を写すような艶のある黒髪。  整った顔立ちには、澄んだ空のような青眼。  白いブラウスに、フリル付きの黒いスカート。  少し長めの白いソックス。  各所に小さなリボンやフリルが付いている──俗に『量産型』なんて呼ばれるファッションだ。    。 「あ、陽くん。待ってたよっ!」 「ああ、待たせたな」  彼女は可愛いものが好きなだけで、服装からしてメンヘラだったりヤンデレだったりする訳ではない。そういう言い方をするんだったら── 「ダメだよー? 私みたいな可愛い()を待たせたら」 「お前、『可愛い子には旅をさせろ』って(ことわざ)知ってるか?」 「えー、私に告白しに来てくれた誰かさんが言う台詞かにゃー?」  ──まさにあざとい。  とん、とん、とん、と。  両足を揃えたまま、膝のクッションで跳ねるように詰めてきて。  ちょっと屈んだ姿勢から上目遣いするそんなところとか。 「だったら薔薇の花をサプライズで持ってきた奴は何処の誰だよ」 「ありゃりゃ? バレてないと思ってたんだけど」 「生憎、毎回驚いてる俺じゃあないンでな」  いや、嘘だ。  俺は。否、当時の僕は、それに驚いたんだ。  だから──これは明確な嘘だ。 「むむ、でもそうだね。行動予測が出来るくらいには私の推し活してもらわないとねっ!」  少し唸って、悔しがって、しかし直後嬉しそうに微笑む。  そんな笑顔がとても眩しくて、好きだ。  ……好きだったんだ。
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