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時間は同じ間隔で進むのに。
人間は嫌な物事を、感覚では長く捉える。
誰でも体験したことのあるだろう現象だ。
悪夢もまた、同じだ。
とても長く、終わりが見えない。
「ふざけんなああああああああああああああッ!」
爆散四散し踊るコンクリート、その会場となっている住宅街にて、謎を一向に解かせてくれない世界に吠える──もちろん吠えたところで何も変わらないことなんて百も承知だ。こんな叫びで変わることがあるとすれば、それは近所迷惑の苦情が来ることだけだろう。もっともこの悪夢の世界で、『近所』なんて言えるような人間がいるとは思えないが。
いや。
待てよ。
悪夢の世界?
それって──『世界結界』なんじゃねぇのか?
もしかしたら突破口になりそうなものを閃いた。
そこまでは良かったのだが──その閃きが一瞬だったように、前方が閃くのも同じく一瞬のことだった。
全力で自転車を傾け、スライディングの要領でわざと転んだ。
直後、頭上……つまり転んでいなければ直撃していたであろう位置を光の槍が通過していく。俺はそれが後方で爆発する音を耳にしながら、奏をしっかりと抱きしめて地面を転がる──いや、『転がる』なんて生易しいものではない。自転車の速度的に、『着弾』するという表現の方が的確だ。
「ぐっ……うああぁぁぁぁぁぁぁぁ──ッ!」
数回ほど、地面を跳ねて。
近くの壁に受け止められるように激突し、ようやく止まった。
「よ……陽くんッ!?」
全身打撲、では済んでいないだろう。
腰の骨くらいは折れていてもおかしくない。
呻く俺に、腕の中の奏が声をかける。その震えた声色が、身体が、彼女が恐怖に苛まれながらも、俺を心配してくれている事を証明していた。
「……ぁ、ぅ……ぶ、じ……か?」
激痛に軋む身体は麻痺したかのように動かない。辛うじて正常に動く肺で、痛みを伴いながらも息をして、声を絞り出す。
「私は無事だけど……陽くんはッ!」
青い双眸が揺れている。
身を挺して彼女を守った分、当然彼女は無傷に近い。
しかし、文字通り身を投げ出した分、俺は傷を負った。
痛みには慣れていたつもりだった。
命をエネルギーとして扱う能力の性質上、傷だろうが何だろうが、完治してしまう。しかし、それはあくまで事後処理の話。痛みは消せないのだから。
力を宿して、戦いに身を投じるようになってから、幾度と傷を負って、痛みを知って、それでもなお世界を救うために駆け抜けたから。
なら何故、この痛みを俺は新鮮に感じるんだ?
現人神としての権能がないから?
久しぶりに痛みを負ったから?
違う。そんな論理的な解答なんて、俺は持ち合わせていない。あるとすれば、それはきっと──
──救済を待っている何かを感じたから。
「大丈夫だ。こんなところで膝を折っていたら、色んな奴に顔向けできねぇ。俺は終われねぇんだよッ! 救われたいと願う何かがそこにあるならッ!」
手足の痺れも痛みも治まっていない。まともに力だって入りはしない。それでも……波打つ痛みに抗いながらも、無理矢理立ち上がる。
「でも……天使が……!」
奏の視線を辿るまでもない。
周りを人ならざる何かの気配が囲んでいる。
知性のない奴らにとって、それは本能的に獲物を追い詰めるための行動だったのだろう。
いずれにせよ、詰みに等しかった。
「言ったはずだぜ? 俺は刀も、権能もなくたって、何もできない訳じゃねえってな」
「陽くん……でもこんな……」
「無理じゃねぇよ。武器の一つもなくたって、男ってのは、女を守れるものなんだぜ? それに、お前は二度と、失わせない」
嘘だ、なかなかに無理がある。
現人神としての権能はない。もし仮に身体強化ぐらいはあったとしても、増え続ける奴らを倒せる保証はない。逃げ道も分からない。
無理はあっても、それを切り抜ける手段がない。格好付けておいて、はは……と苦笑が漏れる。
でも。本当に。
何もない、なんて事があるのか?
鍛冶場の馬鹿力や走馬灯の類ではなく。
この土壇場で、強いて言うなら、鍛冶場の馬鹿思考でそれに思い至った瞬間。
空中に浮いていた一体が。
光の槍を投擲した。
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