第二章 悪夢のカコ

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 たった一つだけ、文字通りの掟破りが出来るがある。  諸刃の剣であり、かなり危ない橋渡りでありながら、チェスで言うところの残ったキングのみで戦況をひっくり返す……なんて無茶が通せるものが── 「逃げてッ……陽くん!」  輝く白色がやって来る。  これは賭けだ。絶望に抗う、賭け。  こんな賭けをしなくても、奏を助けれるようなやり方が、もっと他にあったかもしれない。  あるいはアイツなら、もっと正しい方法を導き出せたかもしれない。でも、『もっと』他の何かなんて思いつかないから。 「《喰らい尽くせ》ッ! 【暴喰殲獣(ベヒーモス)】──ッ!」  右腕を前に思い切り突き出して。  迫る光に渾身の叫びを放った。  その瞬間、身体を閃光が貫いて──  ──いない。あの光の槍は命中していない。  耳を裂くような轟音は響いているが、身体を引き裂く衝撃はない。  ということは。 「……勝たせて、もらったぜ」  右手には、普段使う無銘の刀よりも一段としっかりした柄の握り心地がある。俺にとって腕の、大袈裟に見積もって身体の一部と言えるほどしっくりと馴染むその日本刀の名前は──  ──『暴喰殲獣(ベヒーモス)』。  刀身は光を反射せず、それどころか拒絶しているかのように黒い。しかし実際には真反対で、光をほぼ百パーセント吸収する……つまりはブラックホールと同じ原理で黒く見える。  使う俺ですら、果たしてそれは刀身なのか疑ってしまうほどの黒さだ。『驚きの黒さ』なんて言葉があったらこれ以上似合うものを俺は知らないし、『驚きの白さ』を掲げる洗剤と良い勝負になりそうだ。  まあ、その。  黒さについては置いておくとして、そもそも現人神としての権能がない状況下なんかに呼び出すことの出来る武器に代償がないわけはなく。 「え……? 陽くん……それ……!」  震えた声が指したものは確実にのことだろう。  余談だが、武士が切腹する時の介錯は刀で行っていた。  その時、下手な場合は骨辺りに引っかかって激痛を伴うとのことでご愁傷様だが、上手い場合は痛みも感じないうえに切断面も綺麗だったらしい。  俺の左腕の切断面はそれに近かった。  そしてその先、肩から腕はしていた。 「大丈夫、痛みも出血もしねぇよ。……今のお前には理解出来ないことばかりだと思う。けど、これしか今は手が無いんだ」  振り返って笑ってみせる。それなりの笑顔をしたつもりだけれど、自転車で転倒した時の痛みがまだ引いていない事を考えると引き攣った笑みになったかもしれない。  加えて片腕が無いのに平然としている俺に、恐怖の一つを覚えていてもおかしくはない。だから、拒絶する言葉ぐらいはあると思っていたのだが──   「……そう、なんだね。なら、思う存分戦って」  違った。  水晶のようなその青眼には、恐怖ではなく覚悟が宿っていた。  過去の経験から覚悟を決めた俺でさえ、状況が吞み込めないのに。 「だって陽くんが私を推してくれるように。陽くんを一番推しているのは私、なんだよ? 何でもは知らないけれど、君の事は知ってるから」 「なンだよ……はぁ、やっぱりお前には敵わねえな」  『天使』を見た時の反応からして、彼女はこの先の出来事を知らない。奴らがどんな存在で、どんな災厄を振りまき、この世界がどう終わったのかを。  それでも、彼女は言ったんだ。  と。   「壊れてンな。常人だったら化け物扱いするとこだぜ?」 「そうかな。誰かさんに壊されちゃったかも。責任は取ってくれるよね?」 「ああ、任せろ」  やっと身体から力が抜ける。  のように、背中を押されてしまったけれど。    見れば、本来仕留めきれるはずだった獲物(もの)が仕留めきれていないことに驚き、威嚇あるいは様子見をしていた『天使』たちが再び投擲するために光の槍を掲げていた。大した自信……いや、本能だ。  しかし、俺には(これ)がある。  だったらその本能はただの油断でしかない。 「……人は(かくご)さえあれば最低限何かは守れる。でも、相手を傷つけてまで守らなきゃいけない時はそれだけじゃ足りねぇ。もっと明確に傷つけるための、例えばこの刀みたいな武器がいる。だから──」  必死の足掻きの果て、既に勝った気の奴を喰らう。  だからこれは、手向けの言葉だ。 「──お前たちをぶっ壊して、奏を守ってやるよッ!」  悪夢の逃避行の果てに、俺は格上喰い(ジャイアントキリング)を始める事にした。
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