第一章 色褪せたセカイ

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第一章 色褪せたセカイ

 世界を創作物として仮定した時。  芸術家と比喩できる『要素』は何だろう。  答えはCMの後で──なんて言ったら怒られてしまいそうだから、提示するとしよう。    おそらく『色』だ。  人間が生まれ落ちた時から平然とそこにあって、死に昇るその瞬間まで寄り添ってくれる、永遠の恋人兼世界を彩る芸術家である。  定義的には、『色が無い』状態は文字通り無色であり、透明と呼ばれるのだけれど、もし彼らが本当に死んでしまった世界があったら何色か。  モノクローム、俗に言うモノクロだ。  写真や映画・テレビで白黒の画面のもの……などと辞書には書かれていたりする。  つまり。  無色透明よりは、無彩色。  『色が無い』よりは、『彩りが無い』。  彼はそんな、まるで緑黄色野菜が全く入っていない、キャベツオンリーのサラダよりも酷く味気のない、しかしどこか神秘的な世界に──  。 (モノクロな世界なんて在るんだな)  つい先ほど、雲を突き抜けた。  空気の抵抗を一心に受けて、緋色の髪が激しく揺れている。同色の和服も激しい風に靡く。さらにその上から白い鎧を装備しているのが原因だろう──男の身体は重力に力強く引っ張られ、落ちていく。    紐なしバンジー、あるいはパラシュートのないスカイダイビング。安全の『あ』の字も無いどころの話ではなく、『(A)』の字が見たらびっくり仰天して『∀』に引っくり返って動かなくなるだろう。  常人なら死を覚悟して、生を諦めて。  あるいは、諦めきれずに泣き叫んだりする場面ではあるが、彼にとって表情の一つも変えるような場面ではないし、むしろ冷静に、これから落ちていく場所を見定める場面であった。  そんなわけで。  落ち行く彼の眼が捉えていたのは──  色褪せた世界である。  どれだけ炎が燃え盛っていたとしても、どれだけ緑豊かだったとしても見分けがつきにくい大地はさながら無色無塗装の──旧キットと言えば分かりやすいかもしれない──プラモデルだ。  圧倒的な錯覚を起こす。  現実ではない、仮初めの世界にいるような。  ミニチュアの造られた世界に、小さく縮んで飛び込んだような──感覚に男は襲われていた。 (なんだ、この世界? それだけじゃねぇ──)  地上を流し見た過程で見つけた、彼の知る世界の常識とはかけ離れており、この場にもそぐわない……一言で表現するのなら、頭部のない巨人。  例外なく巨人もモノクロなため、某光の巨人のように模様があったとしても石像に見える。しかし、全長はそれを連想させる程の十分な大きさを誇っており、緩やかに地上を歩いているのが確認できた。 (──蹴るか)  実を言えば彼にとってこの落下の勢いを殺す事は簡単なのだが。彼は一瞬表情を浮かべた後、勢いそのまま、丁度自分を見上げる仕草をした一体を蹴る事にする。  一縷の流星が──落ちた。  その巨躯はさながらイナバウアーを失敗した時のような体勢、つまりは背中から倒れる。男が接触した衝撃と巨体が倒れた衝撃が相まって、壮絶な轟音と衝撃波が周囲に伝播していく。 「まあ、着地完了だな」  街に結構な被害が出るのでは、と疑問に思うかもしれない。実際に、今の一連の流れによって、男の周りは建設物だったものの残骸だらけだ。    しかし。  彼が被害を考えなかったわけではない。    事前情報があった。  と。 「……本当に、人の気配が一つとねぇ」  衝撃波が収まって、煙が晴れて──  男はそれを機に巨人の腹の上から見渡してみるけれど、人どころか生物の気配もない。ただ、別に街自体は壊れていない。特筆すべき点としては、長く棚の奥にしまってあった箱に付く埃、あるいは砂に似た何かが散見される事だけだ。  つまり。  よくある核戦争が起きて人類は滅びました、なんて事はないようで。『唐突に消え去った』と言われた方が納得できる有様だった。 「……おかしい」  だからこそおかしいのだ。明らかに事実と環境が食い違っている。文明は存在しているのに、その作り手が存在していない。 「……?」  男は足元の個体も含めて、空から見えた巨人たちがその作り手だとは思えない──そもそも街中の建物や車両が人間基準で作られている──ため、眉を顰めながら結論付ける。  何故なら和装の彼がこの世界に向かった理由は。  を。  バグらせた原因とともに葬る事だから。
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