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圧倒的な数の暴力に対抗するのは、圧倒的な質の暴力だ。
この刀を使っている事も相まって、懐かしさすら覚える。
未だに脳裏にはあの燃え盛り、猛り狂う街の赤色が焼き付いている。あれは当に地獄──というよりは『天使』たちの生み出した状況だからこそ、天獄とでも呼んだ方が正確な惨状だった。
「……『ベヒーモス』、聞こえるか?」
もしかしたら、と。
この刀を振るう時には必ず聞こえていたはずの声を思い出し、声をかけるが、返答は無い。
やはり、その記憶とは場所も時間も違う。
ただ、きっとやる事は同じだ。
奴らを切り捨て、奏を守り抜く。
呼応するように暴喰殲獣が脈動する。『刀が脈動する』とはおかしな表現に思えるかもしれないが、この場合は正しいだろう。
先の槍を弾く事が出来たのは、刃から溢れたエネルギーが一種の障壁のように作用したからではあるのだが──その源は使用者の命であり、魔力だとか、そんなファンタジー染みたものではない。
この美食家は身体ごと命を喰って自らのエネルギーに変換する。
俺の左腕が跡形もなく消失した原因はこれだ。
つまり、命を帯びているに等しいわけで。
だから、『脈動』という表現は正しい。気持ち悪いくらいに正しい。
「さて……まずはッ!」
言って俺は、空中で槍を掲げる『天使』たちを睨みつけながら──刀を横に持つと身体を捻る。そして発条を振り絞るようにして振り抜く。
刃から溢れていた黒色が、一筋の線となって空中を伝い、避けずに触れた『天使』たちを豪快に上下二分割して撃ち落とす。
初めて地面の、とりわけコンクリートの硬さを味わったであろう撃墜された『天使』たちは、糸の切れた人形のように動かなくなった。
「……凄い」
奏が感嘆の声を上げる──が、まだだ。
奴らに仲間意識があるとは到底思えない。だから、『仲間が死んだ復讐として』ではなく、『仲間を殺せる存在への警戒として』だろう。
今まで発せられていた殺気の質が変化する。どうやら『天使』たちは、ようやく俺たちを獲物なんかではなく、害を成す敵だと認めたらしい。
「もう、言葉一つも要らねぇよな!」
身体を震わせるような殺意を断つように。
暴力的に、しかしある程度狙いだけは定められた漆黒の剣閃が、押し寄せる『天使』たちを両断し、迎撃していく。
数も目に見えて減っている、この調子なら──
いや、おかしい。減っている、だと?
逃げる道中で出会ってしまった奴はもちろんだが、戦闘音を聞いて集まってきた奴だっていたんだ。腕一本捧げるだけで、立て直せる態勢なわけがない。
俺の第六感が、その場から離れろと告げた刹那。
遥か上空から──たった一筋の光線が──地を薙ぎ払った。
衝撃音。
「■■■■■■■■■■■■──!」
何も。聞こえない。
為す術もなく、格好悪く、自転車から着弾した時よりも激しく、まるでボールのように弾んで転がった俺は叫んだはず……しかし聞こえない。そもそも叫んだ声だけでなく、僅かにあった周りの環境音も、未だ続いているはずの衝撃音も聞こえない。
障壁が無くなる瞬間を狙われた。
あれは溢れているエネルギーが作り出しているものであり、要するに刀を振るって使ってしまった分強度が落ちる。足を掬われた。
「……■■!」
と。
大分遅れて──俺に聴覚と痛覚が作用する。
きーんと、甲高い耳鳴り。どくどくと、激しく打つ心臓の音。
それらに気持ち悪さを覚えながら──冗談のような痛みが、あと少しでショック死するであろう痛みが全身に走る。
「痛い。いてええええええええええええええええええええ──ッ!」
仰向けに転がったまま、叫ぶ、叫ぶ。
しかし、いつまでも寝転がっているわけにはいかない。
無理矢理にでも立ち上がろうと、手足に力を込める。
だが、一向に身体が起き上がる気配がない。
「……は……?」
そもそも、手足の感覚がない。
動かしている感覚はあるのに、何故かそれが、動作に結びついていない。
「……ぇ……あ……?」
激痛に歯を噛み締め、呻きながら改めて身体を見てみれば。
両足が──ない。
直前の回避行動で直撃は避けた。
しかし足を掬われたどころではなく、消し飛ばされた。
追い打ちをかけるように、背中にひんやりとした液体が触れる感覚がする。ならこれは、俺の血なのだろう。出血大サービスも良いところだ。
それはそうだよな。
『天使』なんて手下がいるのに、その主がいないわけないよな。むしろこの段階まで出て来なかったのが奇跡なレベルではある。
視界が霞んでいく。
意識が遠のいていく。
また、あの光線が見える。
詰みか──
「アタシ、大逆転って好きなんだよね」
たった一つの声が聞こえた。
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