第二章 悪夢のカコ

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 朧げな意識に、不思議とはっきり聞こえる声。  その声にしがみつくようにして、現実から剥離しようとしていた意識を必死に繋ぎとめる。 「問おう、キミがアタシのマス……こほん。違う違うそうじゃなくって。ここでさ、死にたい?」  そんなもの、分かりきっている。  こんな所で死ねるわけがない。  まだ、何とも向き合ってないのに。   「良いをしてる。未だ諦めていない目だ。ならアタシもそれ相応の仕事をしないとね。聖剣はないけれど、聖異物ならあるから」  色褪せて──段々と暗く狭くなっていく視界に、俺の顔を屈んで覗き込む女性の影が見えた。そして俺の目を見て納得したのか、彼女は立ち上がる。 「来て……『天衣無縫の鍵(マスターキー)』」  大きな鍵。いや、剣だったかもしれない。  空間が蜃気楼のように波打ったかと思えば、女性はその中から一本のソレを取り出した。  色味は分からないが、輝いているであろうと推測出来るほどに神秘的なソレは、おもむろに俺へと向けられる。 「《叡智は真理の扉を開く(Wisdom opens the truth door)》……」  言葉とともに、剣が鍵のように捻られる。もちろんその先に扉はない。あるのは俺の身体……  カチャリ。  と、その瞬間。  俺の記憶がフラッシュバックした──  深紅の夕焼けの光が差し込む、あの燃える家。全てのものが焼け焦げる匂いと、ヒリつく肌の感覚。そして……そこに佇む『彼岸花』。  この感覚に覚えはある。世界とかいう大層なものに選ばれて、初めて『神性(ちから)』を受け取った時の、鮮烈な記憶のフラッシュバックだ。 「さて。目を覚まして」  物理的に? 違う、俺は眠ってなんかいない。  ああ、そうか。『神性』的に、か。  視界が急激に回復していく。  低画質でザラついたモノクロの映像だったものは、高画質で滑らかな多色の映像に変わる。大袈裟かもしれないが、死にかけの視界からすれば、いつも見ていたものはそう感じるのだ。  そして、明確になった意識と視界が空から再度降り注ぐ光を捉える。  誰と彼女に問いかけるよりも、何故と頭で考えるよりも──何よりも、疾く早く身体が動く。 「『暴喰殲獣(ベヒーモス)』──ッ!」  血溜まりに手をつき、身体を起こし。  足で地面を捉え、立ち上がり。  握りしめた刀を、光へと振り抜く。  刀身から溢れるエネルギーが、それを二つに分断する。顔を上げる時には、視界は晴れていた。 「適切な手を、適切な順番で。それが『パズル』の基本だからさ……おはよう、少年」  肩で息をする俺に対して、激しい風に(なび)く黒髪を抑えながら、その女性は告げる。 「ああ……おはよう、最悪な目覚めだけどな。背中に血がべっとり付いてる感覚がしやがる」 「そっかそっか、それは結構。でも、付いているのは血だけじゃないでしょ?」  言われて、ハッとした。  地面に立てたのは何故──両足があるから。  刀を振り抜けたのは何故──左腕があるから。 「『神性』が、戻ってやがる……ッ!」  俺の『生命喰らい(ライフイーター)』はただエネルギーを吸収するためだけの特性ではない。  それを『暴喰殲獣(ベヒーモス)』の代償として使ったり、あるいはに使ったりも出来る、いわば吸収と装填の特性だ。  そしてそれが発動しているという事は、逆説的に『神性』があり、現人神(あらひとがみ)に戻れたという事になる。 「時間がないから要点だけ。キミの権能は復活はした。けど全力の一割辺りしか出せない。そしてはまだ封印中だ」 「なるほどな。まあ、それだけでも十分だ」  慢心ではなく、過去アレと戦った経験から断定する。  俺の世界で猛威を振るっていた侵略者、その名を『淵星(アビス)』。星座を模した姿と能力を持ち、人を天使へと変貌させる鱗粉のようなものを撒き散らす。  光の発生源である、遥か空を泳ぐアレ。  見たところ、『水瓶座(アクエリアス)』のようだ。俺が初めて戦った『淵星』──  刀を握りしめた俺と、鍵を構える女性。   「さて、準備は終わったかな? なら始めよう。アタシたちの戦闘(パズル)を」  それは当にチェックメイトの宣言だった。
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