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朧げな意識に、不思議とはっきり聞こえる声。
その声にしがみつくようにして、現実から剥離しようとしていた意識を必死に繋ぎとめる。
「問おう、キミがアタシのマス……こほん。違う違うそうじゃなくって。ここでさ、死にたい?」
そんなもの、分かりきっている。
こんな所で死ねるわけがない。
まだ、何とも向き合ってないのに。
「良い眼をしてる。未だ諦めていない目だ。ならアタシもそれ相応の仕事をしないとね。聖剣はないけれど、聖異物ならあるから」
色褪せて──段々と暗く狭くなっていく視界に、俺の顔を屈んで覗き込む女性の影が見えた。そして俺の目を見て納得したのか、彼女は立ち上がる。
「来て……『天衣無縫の鍵』」
大きな鍵。いや、剣だったかもしれない。
空間が蜃気楼のように波打ったかと思えば、女性はその中から一本のソレを取り出した。
色味は分からないが、輝いているであろうと推測出来るほどに神秘的なソレは、おもむろに俺へと向けられる。
「《叡智は真理の扉を開く》……」
言葉とともに、剣が鍵のように捻られる。もちろんその先に扉はない。あるのは俺の身体……
カチャリ。
と、その瞬間。
俺の記憶がフラッシュバックした──
深紅の夕焼けの光が差し込む、あの燃える家。全てのものが焼け焦げる匂いと、ヒリつく肌の感覚。そして……そこに佇む『彼岸花』。
この感覚に覚えはある。世界とかいう大層なものに選ばれて、初めて『神性』を受け取った時の、鮮烈な記憶のフラッシュバックだ。
「さて。目を覚まして」
物理的に? 違う、俺は眠ってなんかいない。
ああ、そうか。『神性』的に、か。
視界が急激に回復していく。
低画質でザラついたモノクロの映像だったものは、高画質で滑らかな多色の映像に変わる。大袈裟かもしれないが、死にかけの視界からすれば、いつも見ていたものはそう感じるのだ。
そして、明確になった意識と視界が空から再度降り注ぐ光を捉える。
誰と彼女に問いかけるよりも、何故と頭で考えるよりも──何よりも、疾く早く身体が動く。
「『暴喰殲獣』──ッ!」
血溜まりに手をつき、身体を起こし。
足で地面を捉え、立ち上がり。
握りしめた刀を、光へと振り抜く。
刀身から溢れるエネルギーが、それを二つに分断する。顔を上げる時には、視界は晴れていた。
「適切な手を、適切な順番で。それが『パズル』の基本だからさ……おはよう、少年」
肩で息をする俺に対して、激しい風に靡く黒髪を抑えながら、その女性は告げる。
「ああ……おはよう、最悪な目覚めだけどな。背中に血がべっとり付いてる感覚がしやがる」
「そっかそっか、それは結構。でも、付いているのは血だけじゃないでしょ?」
言われて、ハッとした。
地面に立てたのは何故──両足があるから。
刀を振り抜けたのは何故──左腕があるから。
「『神性』が、戻ってやがる……ッ!」
俺の『生命喰らい』はただエネルギーを吸収するためだけの特性ではない。
それを『暴喰殲獣』の代償として使ったり、あるいは身体の修復に使ったりも出来る、いわば吸収と装填の特性だ。
そしてそれが発動しているという事は、逆説的に『神性』があり、現人神に戻れたという事になる。
「時間がないから要点だけ。キミの権能は復活はした。けど全力の一割辺りしか出せない。そして彼はまだ封印中だ」
「なるほどな。まあ、それだけでも十分だ」
慢心ではなく、過去アレと戦った経験から断定する。
俺の世界で猛威を振るっていた侵略者、その名を『淵星』。星座を模した姿と能力を持ち、人を天使へと変貌させる鱗粉のようなものを撒き散らす。
光の発生源である、遥か空を泳ぐアレ。
見たところ、『水瓶座』のようだ。俺が初めて戦った『淵星』──
刀を握りしめた俺と、鍵を構える女性。
「さて、準備は終わったかな? なら始めよう。アタシたちの戦闘を」
それは当にチェックメイトの宣言だった。
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