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空を悠々と泳ぐのは『淵星・水瓶座』。
人魚の石像が透明な水瓶を両肩に背負ったような姿をしている。過去に戦った時と同程度なら、あれは巨大な鯨と同じぐらいの巨躯のはずで、仮に『石像大バトル』なんてものがあったら、自由の女神と戦っていそうではある。
とはいえ。
その名の通り、『水瓶座』は水を応用した攻撃が基本で、例えば俺の両足を爆散させた光は正確には光なんかではなく、高圧洗浄機が泡を吹いて倒れるくらいには超高圧の水の塊だ。一体なんの掃除なら使えることやら。
「雑魚はアタシに任せちゃって」
超高圧の水──便宜上光線としておく──から退避していた『天使』たちが、そのやり取りの間に瓦礫の向こう側から湧いて出てきていた。
「ああ、任せた。こっちは借りをたっぷりと返さないといけねぇからな」
俺はそれらを彼女に任せる事にして『暴喰殲獣』を胸の前で構える。研ぎ澄まされた刃に映った俺の髪は緋色だった。
緋色、あるいは赤色。
人が炎を使った事や血から連想出来る事から、それは昔から生命を象徴する色らしい。
「……俺は結局、生きるしかねぇンだな」
お似合いだろうと皮肉にも思う。
神様になってからはさらに顕著になった生命力が否が応でも死を遠ざける。
だからこそ、俺の命は軽い。
特に大切な人の命に比べれば。
どれだけ命を投げ打ってでも、今度こそ奏を守り抜くという決意に、刃に反射していた俺が呆れた顔をした……そんな気がした。
「これで良いんだ、俺は。『生命喰らい』」
呟いて、刀を頭上に掲げる。
足元の血溜まりに一輪の、仄かに光る彼岸花が咲く。それをきっかけにして、残骸に成り果てた『天使』たちの身体からも花は咲き乱れていく。
花々からはさながら蒲公英の種子のように、淡い赤色の粒子が放出される。残酷で幻想的な空間がそこにはあった。
「さあ、俺も始めるぜ……《生命の残影は此処に在り・其はその全てを喰らう龍なり」
刹那、言葉に連動した粒子がバチッと迸る。
そして、それらが一際大きく轟いた時には、既に幻想など無く、赤黒い雷と暴風が跋扈する、暴力的な空間が広がっていた。
「死の燭光は此処に在り・其は全てを焼く禁忌なり》──」
『神性』という、いわば能力の機関部が本調子ではないためエネルギー収集効率が低く、きっと本来の威力は出せないだろうが。
掲げた刀に赤黒く明滅している雷が避雷針のように収束する。そして俺は、最後の一言を──
「──【死滅の光】」
静かに、しっかりと告げた。
加えて同時に『暴喰殲獣』を振り下ろす。龍の咆哮のように唸り狂う暴風を伴って、神速の黒雷が撃ち放たれ天を翔ける。
警戒してなのか静止していた『水瓶座』は流石に身の危険を悟ったのだろう、先程俺に放ったものよりも太い光線を発射するが弱い。それは決して拮抗などする事なく、勢いの衰えない圧倒的な赤色に塗り潰されていく。
『水瓶座』を雷が貫通する。その様相は雷の色合いもあって、まるで『水瓶座』から鮮血が飛び散っていくようだった。
「終わりだね、幻想的で暴力的な」
結末は分かっていたものの見届けていた俺に声がかかる。
そこには微笑む女性と驚愕の表情を浮かべる奏の姿があった。
「ああ。ようやっと終わっ──」
最後の『た』を言おうとしてがくりと膝が折れる。
「陽くんッ……!」
即座に奏が駆け寄ってくる。
少し驚きつつも彼女を見れば。
見栄を張っていたのだが安堵から気が抜けたのだろう、『天使』たちと戦いを始めた時の彼女の余裕そうな顔はなく、心配一色になっていた。
「全く、見栄を張っていたのはどちらなんだか。全力の一割辺りしか出せないって忠告したのに、ちょーっと頑張っちゃってさ」
心を読んだような、溜め息混じりの呆れた声が聞こえた。
俺は自虐的にそれを鼻で笑うと、奏の肩を借りて立ち上がる。
「俺はいつだって変わらねぇよ。守りたいものを守るだけだ、全力で」
悪夢に終止符は打たれた。
それは一旦のものであることは容易に推測できたが、分からないものだらけだった問題の一部分にでも答えが出る事に俺は期待しつつ呟いた。
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