第二章 悪夢のカコ

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 そこからは早かった。  女性は俺の『神性』を復活させた時と同じ要領で、今度は何もない空間に鍵状のおそらく剣を捻る。すると今度は空間が蜃気楼のように揺らぐ。「さ、立ち話もなんだから」と半ば強引に奏も俺も押し込まれた。 「それで。何で俺の部屋なンだよ」  奏とベットに座る俺が眉を顰めて疑問を口にする。無駄に狭いと錯覚しているのは、この部屋にはなかなか人を入れていなかったからだろう。 「その理由は既に分かっているんじゃない?」  目の前の壁に体を預ける女性が疑問で返す。その体勢だと「立ち話もなんだから」と誘ったお前の立場無しに見えてしまうのだが。  とは言え。  確かにそれとなく行き先は分かっていた。  なんせ扉に貼ってあった張り紙は── 「ほら、張り紙張ったのアタシだし? ワープゲートがあっても何ら不思議ではないでしょ?」  予感は的中していた。彼女は俺に行き先を指示した張本人だ。個人的には『追伸』と称してネットスラングを紙媒体に持ち込んだ暴挙の方が印象が強いが。 「確かにそうだが。ここ、俺の部屋だからな?」  まあ。こんな状況下で助けてくれた恩もある。不法侵入だとかで騒ぎはしないが、もっと良い避難場所はあるだろという疑問を込めて尋ねる。   「うん、キミの部屋だからだよ」  俺の部屋だから?  「その通り。じゃあ超天才のお姉さんこと神門(みかど) 解姫(ときひめ)ちゃんが、順序立てて軽く話してあげよう」  『超天才』かどうかは置いておくが。  現人神に於いては『神性』によって外見上は年齢を重ねない。内臓についても実は常に健康状態を保つようになっている。だから『お姉さん』と自称する神門はもしかしたら何百歳も離…… 「陽くん、失礼な事考えてない?」 「あー、いや、なんでもねぇです」  丁寧語は苦手なはずなのに焦って咄嗟に出てきたのが丁寧語とはどう言う事なのか。俺は自分に困惑しつつ、詮索を切り上げる事にする。   「まず前提として、ここが一体どんな場所なのか明かしておく必要がある」  微笑みながら神門は告げる。  しかしこのまま話すとマズい。  もし俺の予想通りにこの世界が俺の過去を元にして作られているのなら。  奏だって被造物という事になる。それは奏にとって、自分は作られた存在である事に他ならないし、受け入れられない事だろう。  一抹の不安を抱えて神門を見れば。  彼女は小さく頷いた。俺にはそれが、自分に任せてというジェスチャーに思えた。 「ここは。緋彩くんにとって過去の世界だよ」  俺は息を呑んだ。  なんせ嘘は言っていない。それなのに、この発言は予想が当たりであると俺に教えると同時に、奏に彼女が被造物である事を告げていないもの。  さらっと口から出たそれ。  俺はそこに『超天才』を感じた。 「むむ……という事は──」  驚嘆した奏はしばらく目をぱちぱちさせていたのだが、何か思い至ったのか少し唸った後。 「──緋彩くんは未来人!?」  斜め上の結論を導き出した。 「……あ、ああ。まあ、そうだ」  謎だ。  しかし、俺から見たら斜め上なだけであって、『過去の世界』だなんて聞いたら順当なのか。少し動揺してしまったが、一応肯定しておく。 「……そういう事なんだけど、今この世界では時空の歪み的なものがありまして。本来起こるはずのない事象が起きてしまっている、そうだね?」  何が『そういう事』なんだ。  ただ、相変わらず嘘は言っていない。この状況は、記憶上の三月十日と全く違うからだ。 「ああ……本来『天使(あいつ)』らは半年後辺りに出現するはずの存在だ。まだ平和なこの時期に、現れて良いものじゃねぇ」  気付けば俺は、口調に怒気を含ませていた。  一体、何への怒りなのだろう。  一体、誰への怒りなのだろう。  心当たりがあり過ぎて──分からない。  刹那、ふと神門と目が合った。  その黒い瞳は俺のその怒りがどこから来るものなのか、軽い口調や表情とは裏腹に、冷静に見極めようとしている……ように見えた。 「うんうん。そして、異なった現象には必ず理由がある。理由なくして異なる事はない。だから、話してくれるかな? 本来半年後に起こる出来事を」  そのまま神門は奏へと視線を移して、再度俺へとそれを戻しながら、そう言い放った。
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