第二章 悪夢のカコ

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 俺は自分の過去を話さない。  それは自衛行為だった。  。  でも俺は。  神門(みかど)に『神性』を感じて、彼女も現人神(あらひとがみ)であると知ったからには、話さなければならないと思った。  「半年後の九月上旬辺りだったと思う──」  俺はぽつりぽつりと言葉を溢し始める。  これは、俺の懺悔の鱗片で、染み付いて取れる事のない真っ赤な過去の……回想だ。  ──SNS上に、ある呟きが投稿された。  その内容は、『化物に殺されかけた』という、至ってシンプルなものだった。  当時その男に対して、「酔っていたのでは?」「嘘松乙」反応は否定が多いものばかり。  しかし二日三日と日を追う毎に同じような内容の呟きが世界中で投稿され。今思えばそれはまでの七カウントだったのだろう。  そこから一週間後、事態は豹変する。    世界中で暴動が起こった。『天使病』罹患者そして『天使』たちが突如一斉に姿を現し、殺戮と破壊活動を始めたのだ。  そこから僅か数日後。  彼らと違って現代兵器が一切効かないの『淵星(アビス)』が出現した事で人類は崩壊の一途を辿るしかない状況に陥った。 「未だに染み付いてンだよ。その時の誰かの悲鳴も、さっきまで命を宿していた血塗れの死体も、それらを焦がし消しちまうような炎もな」  凄惨な言葉で締めくくろうなんて。  そんな事は思ってもいなかったのに。  ただそれを自然と吐露していた。  俺はきっと(くら)い目をしていたのだろう、腕に温かいものを感じてハッとして見てみると、揺れる眼差しの奏が抱きついていた。 「安心しろよ、古傷の話だ」 「……なら──」  ぽすっと奏の右手が頭に触れる。  俺のゴツゴツした手とは違って、その先端にまで繊細さが宿る細くしなやかな手だ。それが、頭の輪郭を丁寧に追うように往復して動く。 「──傷だったら、なでなで飛んでけーってしたとしても良いよね?」  その優しさに声が出なかった。  別の意味でも、声が出なかった。   「尊い、眼福、無理ぽ……じゃなくて。彼女は良いパートナーなんだね」 「ああ……当たり前だろ」  壁が無かったらそのまま後ろに倒れていきそうだった神門の発言に同意する。さては尊みで爆発する系女子か。……本当に爆発しないよな?  というか張り紙の『hshs』もそうだったけれど、もしかして「ぬるぽ」とか言ったら反応してくれるのだろうか。いや、反応するだろうな。  閑話休題。 「という事は、アタシの分析は間違ってないね」 「分析……?」  俺たちを見て蕩けた表情をしていた神門を現実に引き戻して、逸れた話を仕切り直した。 「そそ。この世界は確かにキミの過去だけれど、がかかって挙動がおかしくなっているのさ」  『理由なくして異なる事はない』。  その理由がその負荷なのだろう。  しかし仮にそうだとして、世界……つまりこの大規模な結界に『負荷』なんてものがあるのか。俺たちにはその心当たりが無い── 「『』」  先読みしたような言葉が思考を遮る。 「この結界(せかい)は、緋彩くんにとって重要な出来事を同じ空間に存在させている」  それは。  いくら『過去を現実にする』事がこの結界の効果なのだとしても、時間の概念を無視している。  『メビウスの輪』なんて概念があった気がするが、それよりも酷く捻じ曲がっている。 「その反動だよ。空間はともかく、時間に干渉するのは反動が大きいのにね。だから、その反動として、おそらく意図しない挙動として、あの『天使』たちが存在している」 「あれが……意図しない挙動、バグだって?」  散々苦しめられた悪夢の逃避行が脳裏に蘇る。すれ違う人々が全員獣のようになっていき、中には羽化には最低数日はかかるはずの『天使』の姿もあって……街や景色が日常通りなだけに不和感の塊だったあれはバグだったと言う。 「本来はきっとキミが特定の場所に到達した時に、そういった現象が起こるようになっていた」  首を縦に振った神門は立て続けに言葉を並べる。順序立てて話す彼女はどこか名探偵を感じさせ──本職はそれに近い何かなのだろう──その自信満々の黒い瞳には俺が写っていた。 「キミがこの結界(せかい)の鍵だよ、緋彩陽くん」  そして、犯人を告げるように彼女は告げた。
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