第二章 悪夢のカコ

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 人と関わると、きっと。  確か、いつぞやの満月の日に言われたと思う。  決して人との関りを避けていた俺ではない。  『友達』として、距離を取っていただけだ。取っていた、は語弊があるかもしれない。保っていた、と言うべきか。今もその悪癖は残っているのだが、当時の俺はただ『■■(やくわり)』を演じる何かだった。  だから彼女の言った『友達以上友達未満』という表現は、一般的には間違っているものの、俺にとっては言い得て妙である。 「それは、その通りだな……」 「陽くんの反応をずっと見てた。過去の出来事を語っている時は特に。私の悪い癖だね」    少し顔に影を落としながら彼女は呟く。  月銀(つきがね)奏は人間観察が好きだ。  好きであり、超が付くレベルで得意だ。  しかし彼女がそれを『悪い癖』と言う時は、謙遜や某相棒のように刑事感を出したい時ではなく、大抵申し訳なさを感じている時である。 「陽くんがあんなに怒るのって、未来の私が関係してるからだよね。あの、『天使』だっけ? それと戦ってた時なんていつになく必死だったし」  紙パックの外側から水滴が流れるのが目に入った。いつの間にか俯いていたらしい。おそらく今の俺はこのイチゴオレと同じくらいの冷や汗を流しているし、真っ青な顔をしているのだろう。 「………………俺は」 「無理に口にしなくて良いよ。でもね、これから陽くんはその辛かった時間をもう一度経験しないといけない。だから、その、あえて言うね」  言葉を口にする事が出来ない俺に。  イチゴオレしか口にする事が出来ない俺に。  未だ躊躇いの残る表情で、奏は語る。   「逃げたって、足を止めたって、何をしても良い。だけど、最後の最後には、向き合って欲しいな」 『出来るよ。陽くんは私の、ヒーローだから』  ズキリと頭が悲鳴を上げた。  知っている。覚えている。  同じ台詞を言われたんだ。お前が、残酷なまでに綺麗な赤色に染まったあの時も。 「、今は無いんでしょ?」 「……ああ、やっぱり分かっちまうか」  何もかも、見透かされていた。  隠そうとしていた事ではないが、俺の中にアイツ──陰がいない。俺が自身の世界を壊して救った……現人神になった時からずっと。 「分かっちゃうよ。何でもは知らないけれど、君の事は知ってるから」  気遣い、なんだろう。  残酷な言葉を吐いている自覚があって、それで俺がトラウマを思い出す事を分かっていて。  それでも、俺に、進んで欲しいから。 「……俺は、分からない。壊す事は得意だが、それで起こった結果が果たして正しいのか」  影なら、分かるかもしれない。  ぎり……俺は手を握り締める。 「そうだね。でも、いつかの日の正解が間違いだって気付いたりする時もある。悩みながら、傷つきながら進むのが、人間らしさなんじゃない?」  顔をゆっくりと上げてみれば。  柔らかな笑みの奏がそこにいた。 「俺が人間らしくなってて嬉しいって結論かよ。まあ、どの言葉も本気だろうけどな」 「うん、本気。本当はもっとたくさーん甘やかしたいし、甘えたいけど、こんな状況だから。伝えれる時に伝えたいなーって思って」  優しさとは全肯定ではないという。  時にそれは、厳しさの中にこそあるらしい。  炎の中に咲く一輪の彼岸花……ではないが。 「分かった……やっては、みるよ。その代わり、全てが終わったら、もう一度告白して良いか? 邪魔が入っちまったからさ」 「良いけど……そういうの死亡フラグだよ?」  奏は肩を竦めて苦笑いをする。  確かにテンプレだな。  覚悟を表すのに、もっと良い台詞選びというか、言い方があったかもしれない。 「でも、陽くんが私との約束を破る事はしないって知ってるから。頑張って、陽くん」  当たり前だ、破るわけねぇだろ。  異端な人生を歩んできて、人間らしい活動なんて出来ないと信じていた俺に、お前はいつだって寄り添ってくれたんだから。  彼女との約束を破る事は、俺にとって人間を止めるのに等しい。だから── 「ああ、任せろ」  俺はニヤリと口角を上げる。  まだ何も解決してはいない。まだ何とも向き合えていない。だからこれはただの強がり。  そんな俺に奏は笑顔で頷くと、「シリアス終わりっ!」とイチゴオレを飲み干した。 「残りの時間は私が添い寝するのだーっ!」  時間がそれなりに過ぎたように感じていたが、どうやら錯覚だったらしい。睡眠を取れる時間は案外たっぷりある。……って、添い寝? 「うんうん。ベット一つしかないじゃん」 「あー……それなら床で──」 「あれれー? 『据え膳食わぬは男の恥』だよ?」  こいつ。  たった一言で、俺の意向を粉砕しやがった。 「あーもう、分かった」 「やったー! じゃあ私が抱き枕ね」  背を向け合えば、と甘い考えを抱いた俺を殴りたい。読めるんだよなぁ……俺の考え。  諦めて奏をベットに誘う(健全である)。  横になると、兎のように跳ねた足取りで彼女は俺の懐に飛び込んだ。上機嫌間違いなしだな。  向き合って身を寄せ合って。  五感全てが奏を感じている。  心臓の音が異常にうるさい。 「ありがと」  ふと。  俺に身体を預ける奏が呟いた。 「……なんで、お前が感謝するんだ?」 「あんな事格好つけて言ったけど、やっぱり不安なんよ。だから……私が甘えたいだけ」  胸に頭が埋められているから顔が見えない。  それでも、暗い表情をしていて、そんな顔を見られたくないのだろうと容易に想像出来た。 「そうか。なら、好きなだけ甘えてくれ」  俺はそっと奏の背中に左手を回す。  無言で奏も両手を俺の背中に回す。  そして、右手でなぞるように髪を撫でると、彼女はぐりぐり、と強く頭を押し付けた。 「心臓の音、ちょっとうるさい」 「馬鹿、俺も困ってンだよ」 「えへへ。でも、落ち着くから良い」  胸がどうとかで眠れないと思っていたが、疲れのせいか睡魔が押し寄せてくる。きっと、疲れだけじゃない。安心もあるんだろうな。  俺は目を閉じる。  何か満たされていく感覚と睡魔に沈みながら、意識が静かに夢へと潜った気がした。
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