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それとして。
他にも不可思議な点は多く存在する。
上空から見た際に、周囲にも他の巨人は点在しており──今も男には地鳴りが複数聞こえるのだけれど、全く襲ってくる気配がなかった。
「恐れをなした……とは違うな」
仲間を攻撃された事への激怒も。
攻撃した彼への恐怖や怯えも。
そもそも感情や関心が無い──と、男は感じ取った。しかし、どうにも違和感がある。まるで、それらの発露を無理矢理禁じられているような。
彼は思考を切り上げて、足元を見る。
実は、先の蹴りでこの巨人を殺せてはいない。
反撃や回避行動を一切取らない様は、さながら糸の切れた人形染みていたが生きてはいるのだ。
だから、足元を視た。
彼らの魂から、何か情報を得るために──
「歪んだ精神の集合体か……ハッ、救えねぇ」
それは、歪んでいた。
それは、取り返しのつかないものだった。
そして、助けようのないものだった。
彼は思わず反射的に歯を噛み締める。
『呪い』と形容した方が適している魂、ないし精神は一般人のそれとは大きく異なり、歪な形の精神体の奥には助けを求めて呻く魂たちが視えていた。
世間一般で魂魄のイメージは、円に尾ひれがついた形である。しかし、彼の視たものは──それが他の尾ひれと乱雑に絡まり、一房の葡萄みたく連なったもの。自然に発生しないもの。
「…………すまねぇ。俺には、お前らを救う方法をたったコレしか思いつかなかった」
彼はどちらかと言われれば、暴力的だ。歪んだ視点も持ち合わせている。しかし、かと言って、優しさと呼べるものを持ち合わせていないわけではない。
「俺を恨んでくれても良い。だから──」
だから、彼は。
りん、と。涼しげな音と共に、一瞬にして目の前に出現した刀を握り、そして命の終わりを見届けるように、しっかりと見据えてソレを刺す。
「──静かに、眠れ」
優しさとは、人偏と憂いから成る漢字だ。
悲しみ、苦しむ人に寄り添う人の姿。
彼らは肉体に寿命でもない限りは永遠に魂の牢獄に閉じ込められる。彼には彼らがどれだけ閉じ込められていたのか、その時間は分からなかったけれど、少なくともこうして無に帰す──殺してやることが唯一の救済方法だと思った。
「チッ、こんな駄作を作りやがって。やっぱりこの世界が狂っているだけはあるんだな」
眼鏡の奥の、紅い瞳が燃える。
彼の美徳に反したがゆえの炎。
だから彼は、その衝動の赴くままに犯人を見つけるため、動こうとしたわけなのだけれど──それは遮られる。突如空から襲来した光によって。
「あっぶね⁉︎ 俺が人間だったら死んでたぞ‼︎」
飛来した蒼色を刀で喰らう。
比喩表現を抜きにするのであれば、派手な音を立てていた光線が刀へ収束、吸い込まれる。
「……む。『偽恋人変態マッドサイエンティストーカー』の造物の割には……強い」
出会いはいつだって突然だ。
ラブコメでは通学路の角などで衝突して始まるものもある──にしては極めて衝撃的だった。もちろんそれは、男の精神的にも物理的にも。
さて。
彼はふと不穏な言葉が聞こえた方向──すなわち、光線の降ってきた上空へ目を向ける。
「はあ? 誰だよ、その……なんちゃらかんちゃらストーカーってのは。第一に俺は造物なんかじゃねえ。現人神『リコリス』こと緋彩 陽だ」
「……そう。私は蒼月 天音」
世界のモノクロに抗うように輝く銀髪。
整った顔立ちには、冷たい青眼。
シックなドレスを身にまとっている──これもまた、モノクロに抗うように白銀に煌めいている。
しかし、どれよりも思わず緋彩が注目してしまったのは、華奢な両腕に取り付けられた電磁胞だ。
少女の背丈ほどの長さを誇る白銀の本体、その全長は彼女の腕数本分であり、物々しい砲身からは未だ仄かに蒼色が暴れているのが確認できる。
(……にしても、なんだアレ?)
緋彩の知るそれは、片腕で扱えるほど小型化していないうえに、緋彩から見て(身長を考慮しても)齢十八ほどの少女が両腕に持っている。
「律儀に挨拶を返してくれるのは良いこっただが、その前の『挨拶』は一体どういうことだ?」
「……ん、自己防衛」
おかしい。
記憶のどこを探っても先行で危害を加えた覚えはないし、そもそも出会った記憶がない。
とりあえず緋彩は首を傾げてみた。
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