第一章 色褪せたセカイ

5/12
前へ
/101ページ
次へ
 壊すことと救うこと。  前者はマイナスで、後者はプラスな言葉に感じて、一見すると何の繋がりもなく、人によっては食い違うだろうと認識してしまう二つの言葉──  しかし、どうか頭に留めておいてほしい。  緋彩(ひいろ)が巨人にしたように──壊して終わらせなければ、救われないものもあるということを。中途半端に終わらせてしまうと、むしろ永遠に苦しいままで、呪いにすらなるということを。 「あっはあ! 壊して救うッ⁉︎ ? まあ、良いや、この僕も細かいところは気にしない。だから──そう! 現人神(あらひとがみ)! 世界を救い、世界の全ての責任を背負わされた世界の代弁者! 教えておくれよ……あるんだろう? 君だって現人神なら、これに対抗し得る君の『世界結界』がさ。塗り替えれなければ無尽蔵に『人形』たちを発生させるこの『世界』に! 君は足を掬われるんだから」 「チッ……いちいち騒がしいンだよ」  そういった指向の絵画のように色褪せた街は風一つ吹かず、音も死に絶え静寂を語る。故に、緋彩が口を挟む間もないほど連続して滑舌良く声を上げる男の言葉は、この街に酷く響き渡るのだ。 「要するにお前がラスボスって事だろ? なら人形たち(こいつら)は丁度良い前菜、あるいは前夜祭ってわけだ。良いぜ、その言葉にノってやろうじゃねぇの」  緋彩の眼に、再び真紅の炎が宿る。  歪んだモノを壊すことは、彼の美学に実は合わない。しかし彼自身が「この際喰わず嫌いはなしだ」と言ったように、狂気的で歪んだモノを放置することは彼の本意ではないのである──  だから──彼は戦う。  生命を粗雑に扱う奴は許さない。 「……でもその例えだと、『ラスボス』じゃなくて『メインディッシュ』の方が合うんじゃない?」  未だ浮遊している蒼月がこてんと首を傾げる。緋彩には嘲笑や揚げ足取りではなく、いかにも純粋に不思議がって提案した……みたいな様子に見えた。 「あー! 良いんだよ、ンな細かいことは! 相手がこんな風に『世界結界』を使ってきた──なら、俺もやるしかねえって覚悟決めていたんだ」  緋彩にとって今から行う魔法は心地が悪い。使い勝手は良く、むしろこの場面において一番効力を発揮できるが、躊躇いのあって覚悟がいるもの。  蒼月の細かい突っ込みに声を荒げながら、緋彩は自らの頬を軽くパンパンと二度叩いてみせる。 「とりあえず蒼月、流石にこれは数が多い。俺の詠唱完成までの時間をどうにか稼いでくれ」 「……ん、分かった、」  ドクン。緋彩の心臓が跳ねた。  ある少女の笑顔が、フラッシュバックした。  偶然だ、偶然であるはずだ。  蒼月が遊び半分に呼んだだけに見える。しかし、緋彩の思考はその言葉に掻き乱されて──  ぱんぱん。肌を叩く音に、彼の困惑は一秒と満たずに終わる。緋彩が見やれば、蒼月も先ほどの緋彩と同じように軽く、色白の頬を叩いていた。 (ふっ、何を真似ているんだか……)  緋彩の推測通り、当の蒼月には頬を叩くことの意味──覚悟を決めるという意味は分かっておらず、ダーリンがやったから真似してみただけだった。  緋彩は今の状況を考え、ただのバーナム効果だろうと結論付け、深く聞かないでおこうと考えた。 「さて……《目覚めるは夕焼けの『世界』──」  静寂を裂くというよりは、静寂に溶け込むような呟きから全ては始まる。詠唱の開始が開戦の合図となった──コンクリートの大地を揺らし、津波の如く『人形』や巨人たちが動き、迫り来る。  しかし緋彩は焦らない。  異形が跋扈(ばっこ)する光景なんて、から。故に冷静に壊さなければならない、殺さなければならない。緋彩に湧く自己嫌悪と殺意が脳裏で囁く。 「定めを壊し・命を壊す──」  あと数秒で接触のところで、すかさず轟く蒼色の雷鳴。緋彩へ駆け寄る有象無象を、蒼月の身体よりも大きな電磁砲(レールガン)が薙ぎ払い、消し飛ばす。  任された以上、その信頼に応える。  しかしあくまで電磁砲(レールガン)、排熱が必要で連射できない。これを擬似的に可能にしているのは── 「……ぽい」  ガシャン、と赤熱した鉄の塊が『人形』の群衆のど真ん中に投げ込まれ、彼らを吹き飛ばす。 「……再装填」  一度撃つ度に用はないと投げ捨て、新しいものを生成しているからである。『再装填』とは名ばかりの再生成であり、不法投棄極まりない。  しかし、効果は覿面(てきめん)であり、不法投棄の手際の良さもあって、蒼月は緋彩への接触を全く許さない。 「即ち──ッ!」  直撃して爆散あるいは灰燼に帰すか、免れて弾け飛ぶかの理不尽な二択を迫られている『人形』たちに、緋彩は同情しつつ一際声高に叫ぶ。  戦場に響き渡る、詠唱最後の一言。  男は今か今かと不気味な笑みを浮かべて待つ。 「──そこに咲くは彼岸の花》ッ!!」  パシャッ──完成。  真紅の瞼を軽く閉じて、力強く開く。  さながら写真機(カメラ)のシャッターのように。  いや、携帯電話という言葉が死語になりつつある人たちには、想像しにくい表現なのだろうか。それなら一眼レフ(カメラ)と表記した方が伝わるかもしれない。  閑話休題。  そうして開いた瞳の中に、猛り燃える焔のような赤く煌々と輝く彼岸花が咲く。それと連動して、モノクロの大地と空が赤く光る。そして── 「【命に咲き誇る彼岸花(ライフ・レッドカーペット)】!!」  緋彩の宣誓のような叫びが景色を変えた。  草木すら灰色に染まった大地に、一つ……また一つと緋色の彼岸花が蕾を開き、咲き乱れていく。  さらに夜空が瞬く間に茜色に染まり、差し込んだ夕焼けの陽光が色の死んだ建造物群を鮮やかに照らし──世界は一面赤系統の色に染め上がる。 「おっと、このままではこの僕も危ない。傲慢の結果、全ての計画が水の泡になったなんて冥土の土産の笑い話にもならない。だからさ! 最後に覚えておくと良いよ。この僕の名は、名道(めいどう)真太郎(しんたろう)。ではでは、試練を乗り越えた先で待っているよッ‼︎」  赤い絨毯(ヒガンバナ)が『人形』たちの足元に到達して絡み付くのを眺めた名道は、足早に『人形』たちの群勢の中に紛れ、緋彩たちの視界から姿を消した。  そして。  先陣を切り、赤色の絨毯に巻き込まれた『人形』たちは、足元に纏わりつくだけの彼岸花など踏み倒して、緋彩に近寄ろうとしていたのだが──やがてまるで静止画のように、
/101ページ

最初のコメントを投稿しよう!

30人が本棚に入れています
本棚に追加