第一章 色褪せたセカイ

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 目標(ひいろ)を前にして、『人形』は静止する。  錆びついた動きで街の静寂に同化していく様子はさながら今しがた寿命を終えた機械であり、実際にも彼ら『人形』の生命活動は完全に停止していた。  そもそも生命なのかは置いておくとして。  一見すれば、押し寄せる雑踏をテーマに作った芸術作品のようで──揺れる陽の色に照らされ、濃い影が落ちているのもあって哀愁が漂っている。 「……動きが止まった?」 「そうだ。生命力(エネルギー)を失ってな」  エネルギーには幾つか種類がある。  例えば電力や熱など、現実的なエネルギー。  例えば魔力や気など、神秘的なエネルギー。 「『生命喰らい(ライフイーター)』、俺の能力だ」  彼はそれらを含んだ広義的なエネルギー──つまり生命力を吸収することが出来る。その効率の良い手段ないし技が彼岸花の絨毯なのだ。  蒼月の電磁砲(レールガン)を刀一本で防げたのも、その能力が彼の生成したものに反映されるためである。 「さよなら。お前らの魂はもう自由だ……」  死してやっと『人形』や『巨人』という牢獄から抜け出せたであろう魂たちに緋彩は呟く。そして、聖職者ではないが故に鎮魂が不可能であることを悔やみながら、ならばせめてと黙祷を捧げる。 「……ダーリン」 「これくらいしかしてやれねぇんだ。もう……この世界の人間も、その営みも戻ってこない。だったら痛みなく壊してやるのが救いなんだろうよ」  苦悶の表情が蒼月の瞳に映る。  彼女は緩やかに空中から舞い降りながら、彼らを目に焼き付ける緋彩にとてとて、と駆け寄って──  ドズッ、ドザザザ……。 「……! 崩れていく?」  丁度蒼月は泥人形のように砕け散る彼らを目撃する。指から腕、頭や身体……最後に足と構成していた部品が真っ赤な地に落ちる度に、崩れ去る重い砂に似た音が辺り一面に響き渡っていく。 「あれだ。生命は大地に還るってヤツ」 「……そう」    その様子を眺める緋彩が何か違うものを重ねて見ている気がして、蒼月も並んで眺めることにする。  緋彩には長く感じた数十秒後──  街は再び寂しさを取り戻した。  余分な騒音は無く、しかし鳥の一匹も鳴いていない、夕焼けに照らされた撮影セットのような街。  こうして街の一角を舞台に突如始まった殺陣(せんとう)は終わり、空気を痺れさせる膨大な殺気も、戦闘という争いも過去のものとなり、既に見る影もない。  結果、残った争いは青の争い……つまり静けさのみで──その過程は赤の争いだったわけだが、まさにその彼岸花(あかいろ)の花言葉、『死』の通りになった。 「……緋彩は、何故悲しそうにしているの?」 「悲しそう、か……」  緋彩は近くに水溜まりを見つけ、おもむろに足を運ぶと覗き込んで──そこに写る曇った表情と眼鏡越しに揺れる緋色の瞳に軽く溜め息を吐く。 「まあ、この技には思い入れが強いからな」 「……思い入れ?」 「誰しもにある、後悔だ」  きょとんと軽く首を傾げる蒼月に振り返った緋彩の目は蒼月を通り越して、決して彼の眼にそういう能力があるわけではないが、過去を見ていた。 「──そっか」  対して蒼月は、少しの間そんな震える彼の目をじっと見つめた後に、その『過去』という言葉に追及することもなく、素っ気ない一言で反応した。 (深くは聞いてこねぇんだな)  彼女の反応は無関心なのか配慮なのか。  いずれにせよ好都合だと緋彩は話題転換をする。 「こっちからも質問良いか?」 「……私に答えれるものなら」 「だったら遠慮なく聞くぜ。さっき俺に言ってた『ダーリン』って何だ? どういう意味だ?」  少なくとも初めて会った人に投げかける言葉ではない。とても仲の良い恋人へ半ばおふざけで言ってみるもの──あるいはそういう系のコンセプトカフェでなければ聞けない限定的な言葉である。  だから面識のなかった二人の間柄で発生するはずがなく、緋彩はただ単純に疑問に思ったのだ。 「……分からない」 「お前が意図して言ったことじゃねえのか?」 「……違う。なんとなく言いたくなっただけ」  緋彩の頭の中にハテナマークが浮かぶ。  彼は自惚れなどではなく可能性として、『蒼月が一目惚れしたのでは?』と望み薄に思考していたのだが、その返答で案の定間違いだったと知る。  もし仮にそうだったなら、『なんとなく』なんて曖昧な言葉は照れ隠しぐらいにしか使わない。 「つまり……お前、ツンデレか?」  だから、緋彩はこの結論に至るしかなかった。  彼女はただでさえ表情が分かりにくい。つまり、照れ隠しをされると気付くのは難しい。 「……もしかして貴方にはそう見えるの?」 「はぁ……質問を質問で返すなっての」  どうやらこれも間違いなようだったらしく、不思議そうに見つめる蒼月の視線が緋彩に刺さる。 (やっぱりただの偶然か……)  追求したところでそれらしい答えの見つかる気配を感じなかった彼はひとまずそう結論付けた。 「大体、お前みたいな少女がなぜこんな世界にいるのか疑問だしな。だから、名道に指定されたビルへ向かう間にもう少し聞かせてもらうぜ」  そうして。どうにかこの不思議な少女から情報を引き出すべく、あの名道が言った約束のビルまでに少しでも聞き出そうと決めた緋彩であった。
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