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それから数日。
「うん、いいと思う。でも表情を崩し過ぎるかな? もう少しこう――憎むような、恨むような目つきで……」
大矢さんや他の先輩方に演技指導を受ける。
おどかすにしてもほんのわずかタイミングがずれるだけで、その効果は半減するらしい。
声の出し方、手の上げ方、歩き方などをいろいろ工夫しているのだけれど……。
「――難しいですね」
実は私はまだひとりも、お客さんを怖がらせたことがない。
墓地を模した通路の角が私の持ち場だ。
順路に沿って曲がったお客さんの後ろから飛び出して、次のエリアまで追いかける――というのが仕事なんだけど。
「はあ…………」
今日のお客さんには驚かれるどころか、苦笑いされてしまった。
指導のとおりにやってるハズなんだけど……。
「最初はそういうものだよ」
大矢さんはお茶を淹れてくれた。
「川内さんは接客で人を笑顔にする仕事をしていたんだろう? それと反対のことをやらなくちゃいけないんだから、うまくいかなくて当然だよ」
そう言って慰めてくれるけど、その優しさが今は痛い。
大矢さん曰く、私は無意識のうちにお客さんを笑顔にしようとしているのではないか、とのこと。
喜ばせる、楽しませるという意味では同じだけど、お化け屋敷だからちゃんと怖がらせたい。
そういう気持ちが空回りしてるのかな。
なかなか成功には結びつかなかった。
「気にしなくていいよ。だいたいオバケを怖がらせるっていうのが無理な話なんだよ。ぼくたちもずいぶん苦労したもんさ」
「先輩方も最初はうまくいかなかったんですか?」
「そりゃあね。なにしろ相手はオバケなんてちっとも怖くないんだから。川内さんだってそうだろう?」
「え、ええ、まあ……私は少し前まで怖かったですけど……」
「だから”驚かせる”ってことを意識したほうがいいと思う。お客さんが油断していることを狙うんだ」
「はい」
「僕がこんなことをきみに教えるなんて、皮肉以外の何ものでもないけどね……」
「…………?」
「ああ、いや。うん、それより――」
大矢さんはいろいろ教えてくれた。
どうすれば驚いてくれるか、どうすれば怖がらせられるか。
一番参考になったのは、”お客さんをよく観察する”ということだった。
たとえば歩くのが遅かったり、あちこち見回したりしているのは臆病な証拠だから、簡単に驚かせられるらしい。
反対に堂々としているお客さんは前にばかり意識が向いているから、角を曲がって一呼吸おいてから仕掛けるのがいいとか。
よし!
明日、実践してみよう!
せっかくキャストになったんだから、お客さんを笑顔に――じゃなかった……楽しんでもらわないと。
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