ようこそ! オバケ屋敷へ

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 翌日。  持ち場に就いた私は大矢さんの言葉を実践することにした。  お客さんをしっかり観察する。  思えば今までの私はお客さんのことをほとんど見ていなかった。  薄暗い内装のせいもあるけど、とにかく大きな声を出して脅かせばいいと思っていたのかもしれない。   ”お客さんの気持ちになって考えるのもいいと思うよ”  大矢さんはそうも言っていた。  うん、たしかにそのとおりだ。  オバケ役は仕事だけれど、根底にはお客さんを楽しませようとする精神が必要なハズだ。 「………………」  ふと、何かがひっかかった。  お客さんの――気持ち……?  なんだろう?  胸の奥にトゲが刺さったような、どうにもすっきりしない気持ちだった。  ……と、通路の奥からかすかに人の声が聞こえてきた。 「来た…………」  今日、最初のお客さんだ。  男女のカップルらしい。  施設内は薄暗くて姿もハッキリ見えない。 (よく考えたらこの状況で観察するのって難しいのかも?)  私は思った。  そっちに気を取られていたら脅かすチャンスを逃してしまうかもしれない。  といってオバケ役がじろじろお客さんを見つめるのはおかしいし、失礼な気もする。  とりあえず目を凝らしてみる。  服装や年齢から何か分かるかもしれない。  何かがおかしい、と思ったのはその時だった。  話し声は少しずつ大きくなる。  うっすらと服が浮かび上がる。 「わああぁぁぁぁぁーーっっ!」  私は大声をあげた。 「ぎゃあああぁぁぁぁっ!?」  向こうも大声をあげた。  私は転げるようにして控え室に飛び込んだ。 「やったじゃないか。さっきのカップル、すごく驚いていたよ!」  カメラで観ていたらしい大矢さんが自分のことのように喜んでくれた。  でも私はそれどころではなかった。 「お、おお……大矢さん! 出たんです! 出たんですよ!!」 「出た、って何がだい?」 「オバケですよ! さっきのお客さん、足が……足がなかったんです!!」  見間違いなんかじゃない。  カジュアルな服装のカップルだったけど、二人とも腰から下がなかった。  通路の向こうが見えたから錯覚とは思えない。  大矢さんは困ったような顔で、 「うん、そうか……」  と、うなるばかりだった。 「オバケが出るなんて聞いてないですよ! お祓いとかしてもらったほうがいいんじゃないですか!?」  大嫌いだったオバケが平気になったのはたしかだけど……。  でもさすがにお客さんとして出てくるとなると話は別だ。  もしかしたらここは曰く付きの施設で、建てられる前は墓地だったとか、そんな過去があるのかもしれない。 「沼井さんからは何も聞いてない?」  大矢さんは首をかしげた。 「いえ、特に何も……」 「分かった。ここは僕たちが受け持つから、きみは沼井さんのところへ行っておいで。管理人室にいるハズだから」 「…………?」 「さっき見たものを沼井さんに伝えてくるといい」  イヤな予感がした。  大矢さんはまったく驚いていない。  ここってオバケが出るのが当たり前なの……?  そういえば他の先輩方からもそんな話は聞かなかった。 (なにか理由があるのかな……?)  これからもあのオバケが出てきたらどうしよう、と不安な想いに駆られながら私は管理人室に向かった。
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