ようこそ! オバケ屋敷へ

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 沼井さんは機器のチェックをしていた。  そろそろ設備を入れ替えなきゃいけない、と呑気に言う沼井さんに私は経緯を話した。  すると意外そうな顔で、 「おや、気付いてなかったのかい?」  不思議そうに問うてきた。 「分かるワケないじゃないですか! そんなの、求人票のどこにも書いていませんでしたよ!?」  オバケが出る事実を雇い主が知っていて隠していたのなら違反行為ではないのか?  私はそこまで言いそうになった。 「いや、わざわざ書くようなことでは――それに……」  沼井さんはすまなそうに言った。 「ここに来るお客さんはそもそもオバケばかりだよ」 「なん――?」  言っている意味が分からなかった。 「オバケ屋敷だからですか?」  思わずそんなとぼけた質問をしてしまう。 「そうだよ」  沼井さんはさも当然のように答えた。 「じゃあ、私がずっと脅かそうとしていたのは……?」 「みんなオバケだよ。ここはオバケのためのオバケ屋敷なんだから」  私は腰が抜けたようにその場に座り込んでしまった。  お客さんは全員オバケ……?  どおりで驚かないワケだ。 「それは…………」  とんでもないところに来てしまった。  ただられたり、呪われたりしたらどうしよう?  もしかしたらもう憑依されていたりする……!?  というかこの人たちはなんで平気な顔をしているの?  そもそもオバケのためのオバケ屋敷ってなに?  もう頭の中がぐちゃぐちゃになって分からなくなってくる。  これからどうしようかと悩んでいると、沼井さんは心配そうに私の顔を覗き込んできた。 「川内さん、ひょっとして気付いていないのかい?」 「なに、なにを……ですか……?」  歯の根が合わない。  オバケ相手に平然と商売をしている、というだけで沼井さんもそっちの存在なのかと思ってしまう。 「きみもオバケなんだよ」 「――はい?」  気を紛らすための冗談かと思った。  私が混乱しているものだから和ませようと言ってくれているのかと。 「きみもオバケなんだよ」  でもそうではなかった。  何をバカなことを、と反論したかったけどなぜかできなかった。 「やっぱりそうか……自分が死んでいることに気付いていないんだね」 「わたし……? 死……?」 「雇用するにあたって簡単に川内さんの経歴を調べさせてもらったよ。きちんと記載があった」  沼井さんは机から書類を取り出した。 「なんの――」 「川内さんは一年前に亡くなっている。今日までそのことに気付かずにいたんだよ」 「そんな…………」  まさか、と言おうとした。  だって私にはこうして手も足もある。  そう言うと、 「最近のオバケは足があるんだよ。昔は足がないのが定番だったけれどね」  沼井さんは諭すように言った。 「タチの悪い冗談はやめてください。みんなして私をからかっているんですか?」 「ならきみはここに来るまでのことをさかのぼって思い出せるかい?」 「当たり前ですよ。以前はカフェに勤めていて――?」  記憶をたどろうとして思考が止まる。  その前は……何をしてたんだっけ……?  私はどこにいた……?  どこで何をしていた……? 「川内さんはね、一年前、オバケ屋敷で亡くなったんだよ」  沼井さんは書類に目を落とした。 「これは……西日本で一番大きな遊園地のオバケ屋敷だね。そこでオバケ役に驚いて転倒――打ちどころが悪くてそのまま……だそうだ……」  なぜかその声はちょっとだけ笑っているように聞こえた。 「………………」  否定はできなかった。  うっすらとだけど記憶がよみがえってきていた。  たしかに、そうだった気がする。  ひとりで行ったのか、誰かと一緒だったのか――そこまでは分からない。  ただ、休みの日に遊園地に出かけたのは間違いない。  オバケ屋敷に入ったのも……きっと事実だ。 「じゃあ、私は本当に……?」  認めるしかなさそうだ。 (それにしても……)  死に方がさすがに恥ずかしすぎる……!  せめてもうちょっとカッコイイ死因にならなかったのだろうか。 「もう分かっていると思うけれど、ここはいわゆる死後の世界。天国でも地獄でもない中間の世界だよ」 「あの、それだと沼井さんや大矢さんも?」  沼井さんはうなずいた。  そうか――。  そういうことだったのか。  私は項垂れた。  オバケ屋敷で死んだ私がオバケ役、か――。  笑っていいのか泣いていいのか……。  それから何を話したかは覚えていない。  自分が死んだことを受け入れるには時間が必要だった。 「はあ…………」  とんでもないことになったな。  控え室の椅子に腰をおろし、私は何度目かも知らないため息をついた。
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