9. 面会室

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ーー「久しぶり」 僕は姿を見せた、一人の少女の変わらない優しい顔に涙が溢れそうだった。 一枚の薄くて、それでも硬くて手の届かない向こう側の透明なガラスの中で彼女は笑ってる。変わらない微笑みに浮かぶ笑窪と、優しい目元が印象的に。 白い部屋、間接的な証明だけで照らされたこの部屋には僕と彼女の他誰もいない。 時に噂を聞いたことがある。 強く願い強く呪うと、眠りに落ちた先でのどから手が出る程欲しくて会いたい相手に会うことが出来るのだと。 俄に信じ難いそんな嘘話に僕が縋るようになるのは、ここ数年の間の話だった。 数年、毎晩涙を流しながら眠りについてようやく成しえたこの状況。いつ終わるかわからないそれに、僕の心だけが忙しく慌てだし、口が小さく開く。 何度も思い描いていた言葉がふと消しゴムで消されたように出てこなくなって、瞬きが増えて、喉がからからになった時。 彼女は微笑んだ。 「元気に、してる?」 「う、うん」 「ご飯も食べてる?嫌いなナスは食べられるようになった?」 「ナスは…まだ食べられないけれど、きちんと食べてるよ。君には敵わないけれど自炊もしてる、仕事帰りにスーパーなんか寄ってさ」 「ふふ、少し不思議ね。君がそんなことしてるなんて」 「ああ、僕もだよ」 笑う肩、揺れる長くて黒い髪、少し細くなる目元。 そこには変わらない、あの時のままの変わらない彼女がいた。僕がつなぎ止められなかった、消えるように突然手の中から消えていった、あの愛おしさが。 僕は女々しいと、自負している。
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