9. 面会室

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「良いんだよ、君がそんなこと考えなくっても。私は確かにもう夢を追えないし、両親にも会えないけれど、それでも良かったと思えるんだ。君にこうして恋して最期も看取ってもらえて、また喋れてる。私にしては良い人生だったよ、何度も何度も生きて行きたいと思ったけれど不思議と今はそんなこと思ってない。」 「…っ」 「君の事を見守る事がこんなにも楽しいし、こんなにも幸せなの。私達はもう手を繋ぐことは出来ないけれど、私は君の隣で笑えなくとも君の笑顔を見ていたい。」 「………うっ、うう」 「他の人を好きになっても、その人と結婚して子供が出来て、お父さんになって。君には重い枷を付けてしまったけれど気にしなくていいの、普通の幸せを手に入れて欲しいの。私はそんな家族を見守る、近所のおばちゃんにでもなりたいかな。」 「………結婚なんて、しないよ。君以外なんて考えられない、僕にはもう君しか」 「ゆっくり、ゆっくり前を向いて。君に見つめられるのはとても好きだけど、見つめるより先に前を向いた君の背中を見ていたいの。私は何も言わないけれど、私は君の言葉を奪いたくない。ようやく君に会えたんだから、これだけは知っていて。君は悪くない、私は君のことを好きだ。大丈夫、君なら歩いて行けるよ」 涙が止まらなかった。 やっぱり僕なんかよりも頼りになって、しっかりしていて、優しいその声は懐かしく思えるなんてもんじゃなくって。 面会室の静かな空間の中で、情けない男の泣き声と、優しい少女の微笑む声が聞こえる。 数年前で止まった彼女の姿と、数年も経った僕の老けた顔がガラスに反射して重なる。 僕は嫌でも時を進めて、歩いてしまっていて。 彼女の指に付けられた指輪は、僕の指輪よりも輝いていた。
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