とりあえず省く

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とりあえず省く

「どんな柄にすべきかだなんて、お前今までそんなの言ったことなかったのに」 「まぁ新田さんとのデートとなれば仕方ないですよ。ただのローテーション通りに決める訳にはいきませんね」 「そうなんだよ。彼のためにも俺たち自身で一番いい服を選ばないと」  マコトが顔をうずめる枕のすぐそばに置かれた洋服タンス。上から三つ数えたその引き出しの中で、俺たちTシャツはいつになく真剣な生地を見せながら言葉を交わしていた。  俺たちの持ち主であるマコトは、自身の服装について全く興味を持っていない。洋服のほとんどは近所にある激安洋服ショップで安い順に買ってきたノーブランド商品。  そのためタンスに集まってくるのは何とも言えない代物ばかり。特にTシャツにはそれが顕著に表れている。 「改めて見てみると、どれもこれもひでぇTシャツだな。残り物の寄せ集めだろこんなの」 「お前が言うなよ」 「ぐっ…………」  見事にカウンターを食らって黙り込んでしまった彼の生地には、お腹の部分にデカデカと「I♡♡♡(アイラブ) 立木川(たちぎかわ)」という文字が刻まれている。黒い字に、三つのハートマークだけは赤色。  立木川というのはマコトが住むこの町の名称で、地元愛の強い職人が作った典型的なダサTシャツである。どう考えても二つ多いハートマークがそのダサさに拍車をかけている。 「文句言ってても仕方ないからさ、客観的に見て誰が一番マシか決めようよ」 「ったく難しいこと言うよなぁ」 「そもそも服選びはマコト君がすべきことであって……」 「まぁまぁそう言わずに」  さっきから俺がみんなを仕切っているのは、この引き出しの中で暮らすTシャツたちをまとめるリーダーとして俺が選ばれたからだ。といっても選ばれた理由は何ら誇らしいものではない。  俺の柄があまりにも醜いのでこれをマコトに着させる訳にはいかない、という制服からの指示がくだった、ただそれだけだ。マコトの所有する洋服の中で段違いにカッコいい制服に言われては俺もそのことを受け入れざるを得ない。    かくして洋服として生きることを禁止された俺は、せめてもの役目としてこの引き出しの管理を担うこととなったのだ。  ちなみに俺の柄は、隣町にある柴丘(しばおか)スタジアムの会場図で、ミュージシャンのコンサートでのアリーナ席、スタンド席などの案内が記されている。 「僕のおへそは、ちょうどEブロック5列目の140番の位置にあるね」なんて会話をする訳がなく、制服からそう命令されるのは当然だ。
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