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僕のスーツケースは教会に預かって来た、とミノリさんは言った。
「教会に?」
「ええ。じゃ、また明日。」
ミノリさんは子猫を籠に入れ、浜辺をどんどん歩いて遠くへ消えてしまった。
こんなものなのかな。僕は、今、通り過ぎた時間が、よくあることか、めったにないことか、普通のことか、珍しいことか、まるでわからないまま一人で海を見ながら考えた。
海はザザザザーーーッと僕に波を押し寄せたり引いたりした。海が僕に何かを訴えようとしている訳じゃないんだ。僕が海に何かを問いたいだけなんだ。
海は相変わらずザザザザーーーーッと波を・・・あっ!
海は猫の死骸を飲み込もうとしていた。飲み込んだ。
猫の死骸は消えた。
確かに存在していた死が・・・消滅してしまった。
僕は、どうにも心の整理ができないまま教会へスーツケースを引き取りに向かった。
年取った白髪の神父様が現れ
「よろしければ礼拝堂でお祈りしてみませんか?」
と言う。
僕は礼拝堂に入り、よくわからないまま黙って目を閉じて両手を合わせ『死骸の猫が天国へ行けますように』と祈った。
神父様は僕に
「気が向いたら、またいらっしゃい。」
と言う。
「あの・・・死んだ猫って天国へ行きますか?」
「はい。猫は天国へ行きます。」
「人は・・天国へ行きますか?」
「はい。人は天国へ行きます。」
「どんな人も?」
「どんな人も天国へ行きます。」
「地獄へ堕ちる人はいませんか?」
「大丈夫。どんな人も天国へ行きます。」
神父様がそう言うので、僕は訳もなく安心して教会を後にした。
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