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習
人生で一度たりとも神に祈ったことはなんかない。迷子になった時もビンゴ大会の時も受験の時も腹下してトイレにこもった時もだ。小さいことから人生を決めることまで何一つ神を頼ろうとはしなかった。神がいるとも思ってなかったし、いたとしても祈ったところで何も変わらないからだ。そんな俺が、神嫌いの俺が初めて祈った。必死で祈った。これまでこれっぽっちも神の存在を信じていなかったのに急に助けてくれなんて虫がいいのはわかってる、それでも祈った。祈ってどうすると言う理性を死にたくない一心が押しのけた。恐怖が俺に祈りを叫ばせた。
「嗚呼・・・・・邪神だろうが何だろうが神がこの世に存在してるのならば・・・・・・マジで助けてくれ。こんなところで、こんなところで死ねないんだよ!」
後方には化け物、図鑑でもテレビでも見たことがない化け物。でっぷりとした体型に三メートル強の巨体、緑色の肌に手に持った棍棒、ファンタジー小説にでも出てきそうな二足歩行の化け物が追いかけてくる。化け物から木々の間を縫うように逃げる、息も絶え絶えに逃げる。死なないために逃げるのだ。
「お、またアラン事故のニュースやってる。そういやあれからもう一年か。時間が経つの早すぎだろ」
俺、赤坂翔は朝ごはんを食べながらテレビを見ていた。テレビではテキサス州のヒューストン在住記者が現地の人にインタビューをしていた。アラン事故、それはアメリカテキサス州、ヒューストンのとある工場で起きた事故だ。工場に大量に置いてあった化学物質が爆発して周囲は大惨事。死者多数の大事故だ。40万人を超える人に被害を出したこの事故、当時テレビは毎日事故に対してお悔やみの言葉を垂れ流した。あれから一年が経った今でも度々事故に関するニュースを見る。
「ジャネーの法則によると時間が過ぎる心理的長さは年齢に反比例するらしいよ兄さん。まだ若いのにそんなこと言ってたら60とかになった時にとんでもない早さで時間が過ぎるんじゃない?」
「それは嫌だな。今の二分の一くらいのスピードで一生過ぎ去れ」
「そう思うならもっと密度の濃い人生を送れ。部活に入ったりしてさ」
「ゔっ、痛いとこ突くなぁマリク。部活は色々めんどくさいんだよ、大変なんだよ、俺にはちょっと難しいんだよ」
「大半の高校生はその大変で難しくてめんどくさい部活を毎日やってんだよ」
「なんも反論出来ねぇ・・・・・・。でもマリクも帰宅部だろ・・・・・・」
「僕の場合は帰宅部でも充実した人生を送ってるから、友達だって兄さんよりは多いし」
箸で卵焼きをつまみながら辛辣な言葉を口にするのは弟のマリクだ。漢字で書くと魔理苦。俺が生まれた時にはまともだった両親のネーミングセンスは、弟が生まれた時にはおかしくなっていたらしい。しかしいわゆるキラキラネームをつけられながらもマリクは一切気にしていない。それどころか「え?この名前を嫌だと思ったことがあるかって?こんなカッコいい名前をつけてくれてむしろ感謝しかないよ」とか言い放つほどだ。まぁ本人がカッコいいと思ってんなら万々歳だ。たとえ厨二病真っ最中の時期だとしても。それにしてもマリク友達多いんだ、確かに学校終わってすぐ遊びに行くから友達はいるとは思ってたけど。
「それで・・・・・・ああそうそうアラン事故。当時は凄かったな、海外の事故なのにかなり長い期間ニュースやってたし。ネットは陰謀論まみれ、ネットニュースも煽るわ煽るわ・・・・・・っとご馳走でした。そんじゃあ先片付けとくよ。兄さんも早く食べな、いつもならもう食べ終わってるころでしょ?遅刻すんなよ」
「あ、マジ?もうそんな時間?急いで食わねぇとヤベェな」
マリクに言われて時計を見ると確かにいつのもより時間が押してた。急いでご飯を食べて片付けをする。身だしなみを整えて鞄に教科書を詰めれば準備万端オールオッケー。
「そんじゃあ行ってくるよ。マリクは今日休みだっけ?」
「創立記念日だからね。水筒は持った?外は暑いし絶対持っとかないと」
「大丈夫だよちゃんと鞄に入ってる」
「それならいいけど最近熱中症多いから気をつけろよ」
「わかってる。こまめに水分はとっとくよ」
マリクに見送られて俺は家を出る。まだ7月だが今年は例年に比べてかなり暑い、そりゃ熱中症も出るわけだ。単純に暑いし。そんなことを考えていると前方に見知った姿が見えた。友人の海崎アキラだ。驚かせようとコッソリ近づくと二メートルくらいの距離でアキラは振り向き俺に声をかけた。
「昨日ぶりですねショウ。足音立てずに近づいてくるから何事かと思いましたよ」
「おはようアキラ、よく足音なしで気づいたな」
海崎アキラ、メガネをかけた少年でクラスメイト。それでいて俺のたった一人の親友だ。小さい頃から一緒に遊んでいてアキラの部屋でゲームをしたりしていた仲、家族を除いて誰が一番仲がいいかと問われたら俺はまず間違いなくアキラの名を挙げるだろう。
「いつも言ってるでしょう?気配がしたんですよ。あなたの気配が」
「昔っからかくれんぼでもすぐ俺のこと見つけるもんな。そんなに気配ってわかるもんなの?」
「ええ、才能があって努力すればの話ですが。というかショウは割とわかりやすい気配してますから簡単に気づけるんです」
「気配にわかりやすいわかりにくいがあるのか・・・・・・」
軽く笑いながら気配察知と言う半ば超人的なことを話すアキラ。するとアキラが俺の鞄を見て不思議そうに言葉を発した。
「それは何ですか?昨日まではつけてなかったですけど」
「ああこれね、御守りだよ」
「御守り・・・?シュンはその手のものは身につけないと思ってましたが・・・心変わりでも ?」
「そりゃあ俺は教会にも行ったことがなければ御守りはつけず、正月も神社に行かないような人間だけどこれは例外。なんたってマリクが作ってくれたんだ。そりゃ付けるさ」
「マリク?・・・・・・そういえば弟さんでしたっけ?」
「うんそう、俺の弟、可愛いやつだよ」
俺は基本神を信じない。だけどこの御守りだけは例外。昨日の夜マリクに貰ったものだ。マリクは「兄さんがこういうのあんまり好きじゃないのは知ってる。でもこれは僕が作ったやつだから。御守りといっても兄さんを守るのは神じゃなく僕だから。それに御守りじゃなくてアクセサリー感覚で持っといて構わないか」とか言って渡してきた。御守りの類はつけたことない。でもせっかくマリクが作ってくれたものを突き返すのはやっちゃいけないことだ。ダメなことだ。それに俺は神に祈るのでなければ別にいい。だから鞄につけたのだ。御守りの形は小さいドーナツ型、小さい剣のマークが付いている。
「でもなんで御守りなんですか?シュンがそういう系が苦手なのはマリクさんも知ってるでしょう?」
「それは俺も思ったけどな。まぁ見た目は完全にアクセサリーだから気にしてないよ」
「まぁ確かにそこらの雑貨屋に売ってそうなデザインですね」
「それに俺が嫌いなのは神の類であって御守りそのものじゃない。マリクが守ってくれてるという心理的効果があるなら御守りだって十分に意味がある。神社の御守り買わないのは俺が神嫌いだからだ。神嫌いが御守り持ってたってなんの気休めにのならないだろ?」
そんな感じの会話をしていたら学校についたので靴を上履きに履き替えて中に入る。階段を登り教室まで歩く。上履きのキュキュという音が学校に響く。響く・・・・・・?いつもうるさいこの学校で?そして俺はこの時点で何かおかしいことに気づく。
「なぁアキラ・・・・・・」
「ええシュン、考えてることは同じようですね。何故か、本当に何故か。いつも賑やかなこの学校から人気が綺麗さっぱりなくなっています。物音一つしない」
「いったいどうなってんだ?今日は平日だろ?」
「間違いなく平日です、それに靴箱にはみんなの靴がありました。急な休みの線もありません」
周囲を見渡すも誰もいない。昇降口の時はもうホームルーム開始ギリギリだしみんな教室にいるのかと思ってた。だが階段を登ると明確におかしくなった。教室の窓は全部カーテンがかかっていて真っ黒。外からは見えない。そして物音一つしないのだ。
「なんだよこれ・・・・・・わかわからん」
「シュン、気をつけてください。敵組織の攻撃かもしれません」
「敵組織?・・・・・・何がなんだかわか──────
瞬間、教室のドアが開いた。俺たちの教室のドアだ。そして中から黒い手が高速で出てきた。認識できたのはそこまで、視界は黒く染まり何が起こったのか理解できぬまま俺は意識を手放した。
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