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僕は楽に死にたい。
楽に死ぬために、悪魔と契約して、魂を食ってもらおうと思ったのだ。だが、悪魔を手に入れるためには金が必要だと思い込んでいたので、「このくらいあれば足りるだろう」という漠然とした目標額を決めて働いていたのだ。
「二十万…、は、溜まったな…」
そう言うと、朱里がため息をついたような気がした。
「あなたの頭も、随分とおかしくなっていますね」
「そうか?」
「そのお金を使って、何かを始めればよかったのに。死ぬために行動意欲が湧くひとなんて初めて見ましたよ」
少しむっとした。
「悪魔にそんなことを言われるとは心外だな。馬鹿にするな。少しくらい、死ぬためじゃない、他の理由で生きようと思った時もあったさ」
「何ですか? それは?」
当然のように湧き上がった質問を、朱里はジャージの裾から覗く足をもみながら聞いてきた。
喉の奥に溜まったねばっこいものが、僕の口を鈍らせた。
「………」
「どうしたのですか?」
「いや…」
下唇がどうにも重い。
気恥ずかしくなって、僕は頭をボリボリと掻いた。
「変な話をしようとおもう」
「急にどうしたのですか?」
「お前が興味無いのなら別にいいさ」
「いえ、興味はありますね」
興味が無いように言った。
「気になりますよ。なんだかんだ自分の身の回りのことをこなせ、死ぬためにアルバイトを頑張るようなあなたに、とても興味があります」
セリフを読み上げているようで、癪に触った。
僕はそれでも、喉に絡んだ粘っこいものを呑み込み、下唇を舐めて湿らせると、朱里に言った。
「一度だけ…、母さんのために生きようとしたことがあるんだ…」
「お母様ですか…」
何か言いたげな顔をする朱里。
僕は構わず続けた。
「母さんは、周りから嫌われていたけど…、僕にとっては、聖女のような人だった…」
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