第五章『ウェルカムマザー』

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 僕は楽に死にたい。  楽に死ぬために、悪魔と契約して、魂を食ってもらおうと思ったのだ。だが、悪魔を手に入れるためには金が必要だと思い込んでいたので、「このくらいあれば足りるだろう」という漠然とした目標額を決めて働いていたのだ。 「二十万…、は、溜まったな…」  そう言うと、朱里がため息をついたような気がした。 「あなたの頭も、随分とおかしくなっていますね」 「そうか?」 「そのお金を使って、何かを始めればよかったのに。死ぬために行動意欲が湧くひとなんて初めて見ましたよ」  少しむっとした。 「悪魔にそんなことを言われるとは心外だな。馬鹿にするな。少しくらい、死ぬためじゃない、他の理由で生きようと思った時もあったさ」 「何ですか? それは?」  当然のように湧き上がった質問を、朱里はジャージの裾から覗く足をもみながら聞いてきた。  喉の奥に溜まったねばっこいものが、僕の口を鈍らせた。 「………」 「どうしたのですか?」 「いや…」  下唇がどうにも重い。  気恥ずかしくなって、僕は頭をボリボリと掻いた。 「変な話をしようとおもう」 「急にどうしたのですか?」 「お前が興味無いのなら別にいいさ」 「いえ、興味はありますね」 興味が無いように言った。 「気になりますよ。なんだかんだ自分の身の回りのことをこなせ、死ぬためにアルバイトを頑張るようなあなたに、とても興味があります」  セリフを読み上げているようで、癪に触った。  僕はそれでも、喉に絡んだ粘っこいものを呑み込み、下唇を舐めて湿らせると、朱里に言った。 「一度だけ…、母さんのために生きようとしたことがあるんだ…」 「お母様ですか…」  何か言いたげな顔をする朱里。  僕は構わず続けた。 「母さんは、周りから嫌われていたけど…、僕にとっては、聖女のような人だった…」
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