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昔はもう少し頬も腹も引き締まっていた。毎朝、髭を剃り、高いシャンプーを使って抜け毛にも気を使っていた。それなのに今はどうだ? 腹はだらしなくゆるみ、頬にはニキビが目立つ。頭にも白髪が目立った。
父親は、「どちら様ですか?」と言いかけて、口を噤む。僕の顔を見るなり、意外そうな表情をして、半開きの扉を開け放った。
「ユウキ…どうしたんだ? こんな夜更けに…」
「父さん、久しぶり」
僕は片手を上げた。
横目で、「さて、悪魔。お前はどうやってこの父親を殺すんだ?」と聞いた。
僕はその時、まだ悪魔に対して偏見を抱いていた。「人を殺すくらい簡単だろう?」「呪術か魔力か知らないが、特殊な力を使って殺すのだろう?」「魂を抜き取って、殺すんだろう?」なんてことを思っていた。
父親は怪訝な顔で僕を見る。
「おい、どうした? ここまで一人で来たのか?」
「え…」
はっとする。
そうか、本当に、父さんには僕の隣にいる悪魔が見えていないのだ。
父さんは半歩身を引いて、僕を部屋の中に案内しようとした。
「まあ、入れよ。散らかっているけど…。話はそれからしよう」
「話すことなんて無いよ」
僕がそう冷たく言い放った瞬間、隣の悪魔が動いた。
身を低くして、ローファーの硬い靴底を踏み鳴らして踏み込む。
カツンッ! と乾いた音が響いたかと思えば、少女は一瞬にして父親の懐に潜りこんでいた。父親は気が付いていない。僕の方を、困惑したような、恐怖に駆られたような目でじっと見ている。
少女が、内ポケットから手を抜いた。
そこに握られていたのは、一本のナイフだった。
「え…」
そこで、僕の口から間抜けな声が洩れた。
銀色に光る刃を、父親のぜい肉でぽっこりと出た腹に突き立てる。
「ぐああ!」
父親は目を見開いて呻き声をあげた。
すかさず、少女は父親の腹からナイフを抜くと、喉に突き立てた。
そのまま体重を掛けて父親を押し倒す。
ドスン! と生々しく鈍い音が響く。部屋の明かりに照らされ、舞い上がった埃がキラキラと光った。
ゴボゴボゴボゴボと、排水溝にものが詰まったみたいな音が聞こえた。それが、父親の喉から溢れる血液だということに気が付くのに、時間はかからなかった。
「はい、おしまいです」
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