第二章『グッバイファーザー』

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 昔はもう少し頬も腹も引き締まっていた。毎朝、髭を剃り、高いシャンプーを使って抜け毛にも気を使っていた。それなのに今はどうだ? 腹はだらしなくゆるみ、頬にはニキビが目立つ。頭にも白髪が目立った。  父親は、「どちら様ですか?」と言いかけて、口を噤む。僕の顔を見るなり、意外そうな表情をして、半開きの扉を開け放った。 「ユウキ…どうしたんだ? こんな夜更けに…」 「父さん、久しぶり」  僕は片手を上げた。  横目で、「さて、悪魔。お前はどうやってこの父親を殺すんだ?」と聞いた。  僕はその時、まだ悪魔に対して偏見を抱いていた。「人を殺すくらい簡単だろう?」「呪術か魔力か知らないが、特殊な力を使って殺すのだろう?」「魂を抜き取って、殺すんだろう?」なんてことを思っていた。  父親は怪訝な顔で僕を見る。 「おい、どうした? ここまで一人で来たのか?」 「え…」  はっとする。  そうか、本当に、父さんには僕の隣にいる悪魔が見えていないのだ。  父さんは半歩身を引いて、僕を部屋の中に案内しようとした。 「まあ、入れよ。散らかっているけど…。話はそれからしよう」 「話すことなんて無いよ」  僕がそう冷たく言い放った瞬間、隣の悪魔が動いた。  身を低くして、ローファーの硬い靴底を踏み鳴らして踏み込む。  カツンッ! と乾いた音が響いたかと思えば、少女は一瞬にして父親の懐に潜りこんでいた。父親は気が付いていない。僕の方を、困惑したような、恐怖に駆られたような目でじっと見ている。  少女が、内ポケットから手を抜いた。  そこに握られていたのは、一本のナイフだった。 「え…」  そこで、僕の口から間抜けな声が洩れた。  銀色に光る刃を、父親のぜい肉でぽっこりと出た腹に突き立てる。 「ぐああ!」  父親は目を見開いて呻き声をあげた。  すかさず、少女は父親の腹からナイフを抜くと、喉に突き立てた。  そのまま体重を掛けて父親を押し倒す。  ドスン! と生々しく鈍い音が響く。部屋の明かりに照らされ、舞い上がった埃がキラキラと光った。  ゴボゴボゴボゴボと、排水溝にものが詰まったみたいな音が聞こえた。それが、父親の喉から溢れる血液だということに気が付くのに、時間はかからなかった。 「はい、おしまいです」
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