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僕の動揺を、高坂は見逃さなかった。
「羽野雄心は、今でも家族ぐるみで交流している友達だぜ…。そいつが死んだって情報、すぐに届くんだよ…。さっきスーパーで買い物しているときに、あいつの同級生から届いたんだ…。何かの間違いだと思っていたよ…、だって、あいつ、恨まれる要素なんて無いじゃんか…」
「そうか?」
ここに一名、あいつを憎んでいる人間が一人いた。
「別に…、疑っているつもりは無いんだよ。だけど…、雄心が死んだ日に、お前がオレの家に尋ねてきたんだぜ? 少しくらい…、因果は疑うようなもんだろ…」
「勘がいいな…、まあ、当たり前のことか…」
僕はため息交じりに言った。どうせこいつは死ぬんだから、隠す必要なかった。
「でも、心当たりはあるだろ? 羽野雄心が死んだ理由。そして、僕がお前の家に尋ねてきた理由…」
「本当に、悪かったと思っているよ」
なぞるような言葉。うんざりだ。
「あの傷…、あれからどうなった?」
「どうにもなるわけないだろう?」
僕は前髪をかき上げて、あの時、こいつに付けられた傷を見せた。高坂はちらっと見た切り、目を伏せてしまった。
「オレたちもどうかしていたんだ…、人を傷つけてもいいと思っていた…」
「まあ、中学の餓鬼の考えだからな…。わかるよ」
「もう時効。とまでは言わないが…、許してくれないか? オレだって、あの時にお前にやったことがどれだけ最低なことか重々承知なんだよ」
なあ、頼むよ。
そう言って、高坂は僕に縋りついてきた。奴の背後の壁際には、大きなテレビが置いてあり、ラックにこいつの趣味であろうロボットのフィギュアが飾られてあった。
「オレ…、もう、家族がいるんだ。子供もできた。もう少し経験を積めば、工場長にもなれるかもしれない。そうしたら、もっと家族に楽させてやれる…。許してくれ。このことは、誰にも言わないでくれ」
テーブルから身を乗り出してきて、僕の手を握り締めた。
「な?」
なにが「な?」だよ。
「もし、雄心を殺ったのがお前なら…、自主してくれ…、家族にも、手を出さないでくれ!」
「安心しろよ」
僕は強引に、彼の手を払いのけた。
「お前の奥さんにも、子供にも手は出さない。そういう契約だからな…」
そう言うと、高坂は何を勘違いしたのか、ほっと表情をやわらげた。
隣で朱里が、「聞き分けがいいのですね」と言った。
彼女の言葉を右耳から左耳に流しながら、僕は深いため息をついた。その動作にさえ、高坂はびくっと肩を震わせた。
だめだな。こいつも。
「帰るよ…」
ゆっくりと立ち上がった。それから、言ってやった。
「お前の家族の問題と、僕の頭の傷は関係ない…。この傷だけじゃないだろ? お前が、お前たちが僕に対してしてきた仕打ちは…」
「そ、そりゃ、そうだけど…」
歯切れの悪い高坂。中学の時のこいつなら、もっと屁理屈を並べ立てて自分の行為を正当化していた。
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