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歯切れの悪い高坂。中学の時のこいつなら、もっと屁理屈を並べ立てて自分の行為を正当化していた。
「給食費泥棒に仕立て上げられて…、殴られ蹴られ、鞄を破られ、中の筆記具までぼろぼろにされた。どぶ川に突き落とされたあと、痛めたのは額だけじゃない。菌が入り込んで、傷口は膿んだし、胃も一週間痛めたんだ。それで学校を休んだら『さぼり』扱い。僕の机に死ねって彫ったのは、お前じゃないとしても、それを見て笑っていたのはお前だ。もちろん、羽野雄心も笑っていた。僕にしてきたこと全部忘れて、卒業式でさもハッピーエンドみたいに笑いあっていたやつらは誰だ? 『最高の三年間でした!』と卒業生代表挨拶をしていたのは誰だ? お前らの幸せな三年間は、誰かを谷底に突き落として成り立っているものなのか?」
高坂は何も言わなかった。悪気があるのだ。「申し訳ない」と思っているから、そんな顔ができるんだ。だけど、我が身可愛さだけは捨てきれていないらしい。「このことは言わないでくれ」だなんて、まだ甘えたことが言えるもんだ。
「じゃあな」
踵を返して、玄関の方へ向かおうとすると、丁度奥さんが茶菓子をたんまりと買って帰ってきた。
「ただいまあ」
足が玄関の方に向いている僕と目が合うや否や、残念そうな顔をする。
「あらあ、帰るんですか?」
「はい。少し用事ができてしまって…、ごめんなさい、せっかく買ってきてもらったのに…」
「そうですか、用事だと仕方がないですねえ」
奥さんは猫なで声で言った。
ちらっと振り返ると、高坂が顔をダンボールみたいな色にして、僕を見ていた。僕が彼女に余計なことを言わないかどうか、気が気でないようだ。
僕と高坂の間に何が起こったかなんて知らない彼女は、にこにこと微笑み、僕に言った。
「いつでもいらしてくださいねぇ。歓迎しますから」
「はい」
僕は奥さんに一礼して歩き出す。
「中学時代、あいつには随分とお世話になりましたから…」
どぶ川に落とされて、頭を切った。校舎裏に連れ込まれ、胃の中のもの全部吐き出すまで殴られ、蹴られた。一度だけ、財布の中の金も奪われたこともあった。宿題を写すだけ写しておいて、僕の分だけシュレッダーにかけられた。
「明人さんって、中学のころやんちゃだったから、付き合うの大変だったでしょ?」
「いえいえ、僕も一緒にバカやっていましたから」
僕は彼女からたんまりとお菓子をいただくと、「また来ます」と口約束して、彼の家を後にした。
もちろん、朱里はあの家に置いてきた。
路地に出て、ナイロン袋の中のお菓子を見ながら歩き出すと、さっそく、高坂の家の中から悲鳴が聞こえた。奥さんの悲鳴だ。それから、獣のような高坂の叫び声。
僕は百円クッキーの箱を開けて、中のバタークッキーを一枚、サクサクと齧った。甘いものを食べるのは久しぶりで、バイクの長旅で疲弊した身体には持ってこいだった。
少し離れたところにある公園に入ると、ブランコに腰を掛けて、ゆらゆらと揺れた。
肉を削がれているであろう高坂の悲鳴はすさまじく、数百メートル離れたこの公園にもかすかながら届いた。
僕は惚けたように寒々しい空を見上げ、クッキーを齧った。
五枚のクッキーを平らげるころ、やっと悲鳴が止んだ。
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