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契約書にサインをしてから、一週間が経過した。
何となくわかっていたことだが、その間、悪魔が僕の所に尋ねてくる事はなく、僕は家賃四万の、いつ幽霊が出てきてもおかしくないアパートで、鈍重な時を過ごした。
冷静になって考えてみれば、悪魔と契約して願い事を叶えてもらうなんて、そんな虫のいい話…、あるわけないよな。仕方がない。気は進まないが、もう少し「楽な自殺」を探してみるとするか。
僕は畳の上にごろんと横になり、「楽な自殺」についてふけった。
首吊りはだめだ。息ができないのは苦しい。それに、糞尿を垂れ流すと聞いた。リストカットも嫌だ。まず手首を切る勇気が僕には無い。そして、浴槽が自分の血で満たされるのも衛生面から避けたいもの。入水自殺も…、あまりいいものではない。
笑える話かもしれないが…、僕はこのことについて本気で悩んでいた。
どう死ぬべきか。
どうやったら楽に死ねるのか。
もう、痛いのは嫌だ。
それだけを考えていた。
それだけで、時間は飛ぶように過ぎていった。
※
コツコツと扉を叩かれた音で僕は我に返った。
天野さんか? いや、天野さんなら、もっと激しく叩くはず。じゃあ、一体誰だ?
のぞりと起き上がる。足先から膝の辺りまでが冷え切っていて、床を踏む感覚が無かった。
よろめき、欠伸を噛み殺しながら、「火の用心」の紙の貼られた扉へと向かう。そして、手垢で汚れたドアノブを掴むと、ゆっくりと回した。
開けた先に立っていたのは、一人の少女だった。
「こんにちは」
夏の濃い影を切り取ったかのような長髪。中学生と見間違うほどに小柄で、なで肩。細い身体に密着するように、黒いブレザーを纏っている。虚ろで眠たげな眼を僕に向けて、鈴を鳴らすように、「柏木さんでよろしいですね?」と聞いてきた。
「ど、どちらさまですか?」
誰だ? 本当に、誰だ?
少女は面食らったように、目を少しだけ見開いた。それから「ああ…」と言葉に詰まる。
「すみません。申し遅れました。私は、あなたと契約を結んだ『悪魔』です」
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