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その日、僕ははらわたが煮えくり返るような怒りを抱えて家路についていた。
部屋に入るや否や、敷きっぱなしの布団に鞄を投げつけ、枕を力任せに何度も殴った。
中学二年になると、恒例行事である、修学旅行があった。
僕だけが、金がないことを理由に修学旅行に参加できなかったのだ。別に、旅行に行きたかったから、駄々をこねているのではない。僕が修学旅行に行けないことを、周りの奴らに盛大に笑われたからだ。「お前の家、どんだけ貧乏なんだよ」とか、「お前となんか行きたくなかったからラッキーだわ」なんて…。いつもなら涼しい顔で聞き流しているところだが、その日は今までの鬱憤とかが溢れだして、どうしようもなかった。
怒りの持って行き場が無く、何度も地団太を踏み、壁を殴り、筆箱の中の鉛筆を全部折った。
それでも、燃えるような怒りは治まらない。
こうなったのは、全部、母さんのせいだ。母さんが父親と結婚しなければ。育児ノイローゼにならなければよかったんだ。それが、自分の存在を否定していることにも気づかず、かっかと沸き立つ怒りに任せて、僕は家を飛び出していた。行先は、母さんが住んでいる町だった。以前、父親の机の引き出しに入っていた資料を盗み見て、僕は母さんの住んでいる場所を把握していた。電車で一時間ほどののどかな田舎だ。
文句を言ってやる。僕がこんな苦しい目に遭っているのは、全部お前のせいだ。と。地に頭をこすりつけさせて、謝罪させてやる。と。
電車で一時間揺られて、駅を降りてからは、アスファルトに全ての怒りをぶつけるような勢いで走った。あれだけの行動意欲に駆られるのは、後にも先にも、あれが初めてだった。
汗まみれになり、喉には酸素が回り、鉄の味が込み上げて、何度も転んで学ランは泥だらけで、それでも、母さんに恨みを言うために走った。
そして、辺りが薄暗くなるころ、母さんが住む、墨汁を垂らしたような灰色のアパートの前に立っていた。
部屋番号もまともに確かめず、乱暴に呼び鈴を鳴らす。
ガチャリと音がして、扉が開いた。
目に隈を浮かべた母さんが、ひょっこりと顔を出した。
憎しみに燃え上がる僕の目と視線が合う。
一瞬で、「あれ、あなたは…」と言いたげな顔をする母さん。
僕は肩で息をしながら、喉に詰まった言葉を吐き出そうとした。
お前のせいだ。
その瞬間、母さんが扉を勢いよく開け放って、僕の汗と泥で汚れた身体を力強く抱きしめた。
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