6人が本棚に入れています
本棚に追加
「安心してください。受理しません」
「そうか」
がっかりだよ。
悪魔は、畳に手をついて、くるりと方向を転換させた。
「そっぽを向くくらいのことでしたら、願い事としてカウントするまでもありません」
「ああ、そのまま、窓の方を向いていてくれ」
「それは願い事ですか? 残念ですが、私がどこを向こうが、私の気まぐれなので。ですが、柏木さんの眼の届く範囲にはいるようにします。願い事が決まりましたら、いつでも声をおかけください。『願い事』に値するかどうか、吟味させていただきます」
「ああ、そう。じゃあ、よろしく頼むよ」
彼女の冷たい視線から解放された僕は、今度こそゆっくりと眠った。
簡単には、死ねないものだな。
世間一般では、自ら死を選んだ者のことを、「臆病者」と揶揄する風潮がある。目の前に立ち塞がった壁を乗り越えようとせず、「逃げた者」だからだ。僕から言わせてもらえば、自殺者は「勇者」だった。
だってそうだろう?
自分の死のタイミングを、自分で決めることが出来たんだ。それには相当な覚悟が必要だし、死ぬときには苦痛を伴う。首を吊れば糞尿を垂れ流し、手首を切れば身体の血が抜け切るまでに時間が掛かる。焼身なんて想像しただけで体中が痛くなる。そんな苦痛に耐えて、死ぬことが出来たんだぞ? もう少し、彼らを褒めたたえてもいいんじゃないか?
それに対して、僕は馬鹿だ。
死にたいけど、痛いのは嫌だ。死にたいけど、誰かに迷惑をかけるのは嫌だ。
そんなわがまま言って、悪魔に頼ろうとした。悪魔なら、僕を痛み無いままに殺すことが出来て、死体もこの世からきれいさっぱりに消してくれるものだと思っていた。
だけど、それをするには、まず「三つの願い」をかなえてもらう必要があるのだ。
死にたいのに、もう、やりたいことなんて無いさ。
あの悪魔の女も融通が利かないな。パンでもジュースでも適当に買ってきて、僕の願いを叶えてしまえばいいんだ。悪魔のプロ意識のつもりか?
ああ、死にたい。
楽に死にたい。眠るように死にたい。痛いのは嫌だな。死にたい、死にたい、死にたい、願い事。死にたい、死にたい、死にたい。願い事。死にたい、死にたい。死にたい、死にたい。願い事。死にたい、死にたい死にたい死にたい。
三つの願いをするはずだったのに、いつの間にか僕の思考回路は「死にたい」の文字で埋め尽くされていた。そして、明確な答えが出ないまま、僕は夢の世界に片足を突っ込んでいた。
最初のコメントを投稿しよう!