第一章『苦痛無き死を求めて』

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 改めて、自己紹介をさせてもらう。  僕の名前は、柏木結城。先月二十歳になったばかりの、何の取りえの無い男だ。  高校を卒業してからは、大学にも行かず、就職もせず、バイクに乗って放浪を続け、一年前にこの町に流れ着いた。天野さんは例外として、誰との関係も持たず、内職や深夜のバイトで日銭を稼ぎながら、納屋の鼠のように静かに暮らしている。コミュニケーション能力が無いわけではない。いざとなれば人前で自己紹介を一言一句噛まずに言う自信はある。それなのに、こうやって意図して人との関わりを断っているのには訳がある。この二十年間の中途半端に長い人生の中で、「僕」という存在が、他者をどれだけ不快にするのか、理解したからだ。  僕はこの二十年間、人に嫌われながら生きてきた。  小学生の頃から、いつも誰かに邪険に扱われ、肉体的、精神的な攻撃を何度も受けた。歩けばお尻を蹴っ飛ばされ、座っていれば頭からバケツの水を掛けられる。ラッキーと言うべきか、僕の給食にはいつも消しゴムのカスが振りかけられていた。虫を食べたこともあるし、用水路に落下して、頭を四針も縫う怪我を負ったこともある。一番痛かったのは、中学の時に、腕に押し当てられた煙草の火だろうか?  人前に出れば罵詈雑言の雨。「馬鹿」や「死ね」は僕のためにある言葉だと言っても過言ではない。僕が何かをしようとすれば、誰かが口をそろえて否定する。道徳の授業で散々「いじめはだめです」なんて言っているのに、僕に対するいじめは許容する教員も何度も見てきた。もちろん、僕に対して憐れみを抱く者もいたが、そのほとんどが、僕を攻撃する者たちの反感を恐れて、僕に手を差し伸べるようなことはしなかった。  親にも恵まれず、姉にも恵まれず、そして、級友にも恵まれず、人から憎まれることだけが取り柄で、人を不快にさせることだけが得意の人生を歩んできた。  人と関わらないようにすれば、自然と外に出ていくことが億劫になり、部屋の中で黴臭い香りを吸うのが当たり前になった。  自分でも、この生活が違うことくらいわかっている。昔はもう少し、希望を持った将来像を抱いたものだ。「僕はこんなくだらないことをしている奴らよりも立派になってやる」「因果応報だ。僕にこんなことをして、幸せになれるわけがないだろう?」「僕が正しいんだ」。なんて妄言ばかりを並べて日々を過ごしていた。実際、その言葉が支えになって、今まで生きてこれたようなものだった。  変わることのない現状を見て、僕は数か月前に決心した。  死のう。と。  だが、苦しみながら死ぬのは嫌だった。なるべく、痛みの無いように死にたい。例えるなら、眠ってしまえば、そのまま二度と起きることが無いように。  それで目を付けたのが、悪魔との契約だった。悪魔と契約すれば、つまり、魂を悪魔に捧げることになる。悪魔に魂を捧げるということは、僕は何の苦しみも無く死ぬことができるのだと。
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