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「私の店。近くにあるの、ブティックだけど」
淡々と、ルビーたんが割って入って来て言った。
その表情は鋭く、或いは尖ったナイフのように冷たい。
まつりとは違った意味で表情の読めない人だ。
「小売店……服屋?」
まつりが真剣な、いやちょっと笑いを堪えながら熱弁している。
「このままでも可愛いからいけるかと思ったんだけど……ちょっと動き回ると男の子感があるんだよね。見たところ、いくつか監視カメラもあったことだし……カメラ程度は騙せないと厳しいかと思って」
逆に、男の子感を失くすのは難しくないか?
「下着も変えないとという結論に至ったのです」
なぜに。
「厳しいって、服の時点でじゃなく?」
「このままじゃ、風が吹いたときに悲惨だからね」
なんでめくれる前提なんだよ。
半端な変装ってのはガチめのものより恥ずかしいのだけど……
「そう、でも予算次第でなんでも用意するわよ。依頼とあらば、なんでもするし」
ぼくと同じか少しだけ近い目線とぶつかる。彼女は笑う。
意味も無くドキッとする。
「なんでも――」
たぶん、なんでもするのだろう。
……とはいえそれは、ぼくの収入が増えるでも無く、或いは西尾君が顔出し号泣記者会見して永久的にネットミーム化する手 伝いでも無く、
――――もっと形式的な、反社会的な意味なんだろうな。
そこに、ぼくの「なんでも」な望みなどあるだろうか?
「それじゃあ、行きましょう」
ややたどたどしく言うと彼女が歩き出した。
ふとした時の横顔は幼くて、そこだけほんの少しまつりにも似ていると思った。
ふと、まつりがニヤニヤと笑った。
「あ、でもそういえばまだ、顔写真撮ってないよね。証明書に貼らないと」
「インスタントカメラじゃ、台紙的に」
「普通のカメラもあるよ。店に」
ぼくが何か言いかけて、被せるようにまつりが言う。
「変装顔写真付きなんて、ふふ、『懐かしい』」
愉快そうに一際表情を歪ませる彼女は、なんだかちょっと怖い。
ぼくたちも後に続きながら、考える。
――――っていうか、ああいうのって学長の承認も居るし発行申請書を書いた後に何週間とか何か月後とかじゃないのか。
先に偽造してあるという事は……? あれ?
「まぁまぁ、細かい事は考えないの」
まつりがぼくの背中を押す。
「凝っておいた方がさ、いざ逃げるときも人ごみに紛れやすいよ」
「うーん……一理……あるのか?」
緊急時の迷彩服と考えれば今の状態は確かになんかこう、不十分な装備でボス戦って感じではあるので少しでも安全度が上がるならそれに越したことはないかもしれない。
車に乗り込みながら、呟いてみる。先に乗ったまつりがぼくを呼んだ。
「なんでも、かぁ」
――――変装も、して来たんだろうな。
「なんでも、叶うならぼくはまず何を思うだろうか」
座席に着つきながら、考えてみる。
(2021/6/7/18:57‐2022年10月9日19時00加筆)
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