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少女は健吾が子犬を抱きあげているのを見て、健吾の前で足を止め、「はあ、はあ」と息を突いている。子犬同様、少女からも健吾を警戒するような素振りは伺えなかった。さっき、少しも毒気を吐き出しておいたのが良かったのかなと、健吾はぼんやりと考えていた。
「この子犬は、お嬢ちゃんのかい?」
少女が、抱き上げられた子犬をじっと見つめているのを受けて、健吾がそう問いかけると。少女は少し恥ずかしそうに、「こくり」と頷いた。警戒するよりも前に、スラリと背が髙く「イケメン」とも言える端正な顔立ちの健吾を前にして、少女は照れているようにも思えた。……まだ生理も始まってないだろうに、こういうところはちゃんと「女」なんだな。胸の中で、ありとあらゆる妄想が駆け巡る中、健吾はそれをおくびにも出さず、少女に「はい」と子犬を渡した。
「ありがとう!」
少女は子犬を抱え、嬉しそうに走り去っていった。犬と一緒に散歩をしようとして、どこかでうっかりリードの紐を離してしまったのだろうか。親切なお兄さんが子犬を捕まえてくれて、良かったね、お嬢ちゃん。健吾は走り去る少女の後ろ姿に、「バイバイ」と小さく手を振った。
「なんだ、いい奴だなあ、お前。そうやって、普段やってることとのバランスを取ってるのか?」
健吾の横に歩み寄って来た一朗が、不思議そうにそう呟いた。……バランス、か。確かにね。でもたぶん、どちらも「本当の俺」なんだろうなあ……。
「何言ってんだ。いくぞ」
健吾は、ふと頭をよぎったそんな考えに区切りを付け、一朗に語りかけた。ここからは、一朗が言うところの「普段の俺」ってわけか。まあ、他人から見ればそういう風に見えるんだろうな……。
走り去った少女の後ろ姿を、咀嚼するかのようにいとおしそうに思い出しながら。健吾は、「これからのこと」について、改めて神経を集中し始めていた。
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