殺人

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 東京高裁717号法廷から飛び出した背広姿の男は、一階まで一気に階段を駆け下りると、正面玄関前に陣取るマスコミ各社に向けて、誇らしげに縦長の白布を両手で開いて見せた。 『実質勝訴』  小さなどよめきと共に、カメラのフラッシュが一斉にたかれる。  支援者たちだろうか、三十名ほどの集団の一角から拍手が起こった。  日頃テレビニュースなどで目にする、世間の耳目を集める重要裁判後のお馴染みの光景だ。  普通は、『不当判決』あるいは『勝訴』などの文字が白布上に躍るが、今回は『勝訴』の上に『実質』という「但し書き」が置かれた点が一風変わっていた。  それを見て、野次馬の群れの中から二人の若者がそっと離れる。  二十代半ばの二人は、他の野次馬たちとは明らかに風貌が異なっている。ギターケースを肩から提げ、茶に染めた長髪に穴の開いたダメージジーンズ。裁判所のお堅いイメージとはおよそ相容(あいい)れない。  その時、館内から背広姿の若い男性記者が走り出てきて、玄関前で待ち構えていたアシスタントらしき女性からマイクを受け取ると、テレビカメラの前に立つ。 「えー、判決が出ました。懲役6年。懲役は、たったの6年です」
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