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 その時、玄関ドアが開く音が聞こえてきた。 「彼だわ」  結衣が立ち上がった。  蒼ざめ、引きつった顔の木下が静かに部屋に入ってくる。まるで死刑を宣告された囚人のような顔をしている。  二人を残して飛び出したはいいものの、修羅場が繰り広げられているのを予期して恐る恐る戻ってきたのだろう。  その顔を見て、反町は思わず笑ってしまった。    結衣も満面の笑みで木下に飛びつく。 「え?」    木下は戸惑ったように二人の顔を見くらべた。 「な、なにニヤニヤしてんだよ、二人して」  まるで意味が分からない様子だ。 「お友達がね」     結衣が口を開いた。 「言ったのよ」 「何を?」    彼女は反町のほうを見て、それから木下に視線を戻す。 「長瀬優一は、どんなことがあっても筆を折らないって」 「……え?」 「長瀬優一は、聴いてくれる聴衆が一人でもいる限り、書き続けるって」    木下は信じられないという表情で反町の顔を覗き込んだ。  反町が口を開く。 「そうだろう……長瀬」 「反町」  さらに何か言おうとする木下に、何も言うな、と目で合図する。  木下はうなずいて言葉を仕舞い込み、黙って友の顔を見る。 「それじゃあ、俺は帰るよ」  反町は立ち上がった。部屋を後にしていく。 「反町」  木下が呼びかけた。  振り返った反町と、目と目があった。二人は黙って頷き合い、やがて視線を切る。  反町の去った部屋で立ち尽くす木下の手を、結衣がしっかりと握り締める。    木下もその手を握り返し、彼女を抱き寄せた。言葉を交わすことなく、二人は時を忘れて寄り添った。
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