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揺れ揺れ
まさか、本当に翌日に出発することになるとは思いもしなかった。コルビーは馬車の内部でニコニコと微笑むイーリリーズ……リズと向かい合ったままだ。
何が面白いのかはともかく、話すことが無くともリズは常に微笑んでいる。王族の教育がおかしな方向に作用しているのだろう。
「感謝してよね。僕がいなかったらこんなに早く動けなかったよ」
「している。というか、その手腕に軽く引いてさえいるよ」
御者席から発せられる言葉の主は、コルビーの部下であるウィラだ。ラノリス王国には珍しい褐色の肌の持ち主で、髪を短くしている。僕というが女性だ。
ウィラは部下だが、随分と気安く口を利く。普通ならば注意するところだろうが、コルビーは公的な場でなければどうでもいいので放任していたところ懐かれた経緯を持つ。
いくら献身騎士でも四六時中、リズの横にいるわけにもいかない。そうした意味でも重宝する人材だ。どちらかというと傭兵に近い存在で、万事広く顔が利く。
シャマンダスまでの長い道のりを行けるのも彼女の手腕によるものだ。
「ああ……姫様が日頃からもっとしっかりしていれば、シャマンダスなどという辺境に送られることも無かったでしょうに」
イーリリーズ付きの女官であるナールはそう嘆くと、コルビーを睨みつけた。しかし、当人はどうしようもないという風に肩をすくめただけだ。
リズをどうにかするならナールの方が適任だったろうという意味合いがこもっている。
「ナール。辺境などと言ってはいけません。シャマンダスはたしかに不便な土地かもしれませんが、私達がそれを変えていくのです」
「……はい。承知しております」
どうやって。というところはコルビー任せだろう。そのコルビーは代官としての経歴はごくわずか。代理で少しばかりしたことがあるだけで、苦労のほとんどを知らない。
だが、コルビーにはできることがある。賊や魔物を片っ端から叩きのめし、荒野の肥料へと変えてやることだ。
そこでできた作物を食いたいとは思わないが、噂通りならシャマンダスは本当に荒野だ。なにかしら植物を根付かせ無ければならない。
賊や害獣が少なくなれば、それだけ人が増える。あくまでも長期的に見てだが、使える人材を育成することもできるようになる。
たしかにシャマンダスは不毛だが、周辺はそうではない。幸いなことに川も無いではない。フィルマリクアという川の終点がシャマンダスだ。
さて、どうなるやらと他人事のように考えながらコルビーは馬車に揺られて眠ることにした。
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