大事なもの

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「智治さん!!衽さん!!」 「よぉ伊吹姫。‥‥大丈夫か?」 「だっ!大丈夫です!!」 ちょうど砂時計が3回目のループに入ったところだった。 走ってきた賤川は見るからに顔色が悪い。 否定しているが、キリッとした目尻にやんわりと赤が差し腫れている事は、自身でも自覚がある様でゴシゴシと何度も擦っている。 意地っ張りな一面を追求するのはあまりに可哀想かと、松川もそれ以上は何も言わないで頷く。 黙り込んでいる黒川は机に伏せて腹部を押さえているが、賤川の声を聞くと顔を上げ苦笑いで手を振ってくる。 「だ、大丈夫、だよ。」 明らかに大丈夫でなさそうな返答が返ってくるが、どうやら精神的に参っている訳ではないことを察して、賤川は一先自身の報告を優先した。 「俺の方は、まぁ、諸々ありましたけど、 とにかく時間が確認できるものは全滅。 どの場所も電気の供給なく、コンビニとかのドアは鍵がかかっていませんでした。」 「・・・学校をはじめとする交通及び公共施設においても全くの稼働が見受けられない。 ・・・なんなら蟲やら動物やらもいなくなってる。 控えめに言って世界の終焉って感じだ。」 世界の終焉。 見たこともない架空の状況。 それでも、非現実的である現状を当てはめるのであれば妥当であろう。 しかしどうだろう、そんな世界に取り残された己など、どう足掻いても想像する事が難しい。 それは暦も食物連鎖もない世界での死を意味するのだから。 死を想像する事は容易いが、 死を実感することの切なさと、 死を黙認せざるおえない歯痒さ、 そして、それが現実問題である重さは 回避しきれないものだった。 それでも、足掻くのだ。 無理にでも道をこじ開けて。 「やっぱりあの人形が、鍵なんだろうね。」 黒川がそう言い放てば、二人は神妙な面持ちに切り替わる。 対して黒川は凛とした表情だった。 「生きるか、死ぬか。 夢が正夢になりさえしないのであれば、なんら問題無いんだよね。」 「ほらな、結局そうなるだろ。」 「っ、、、でも、まだなにか、、」 「姫ちゃん。大丈夫。策はあるから。」 そう言うと黒川は腰掛けていた椅子から立ち上がった。 誰よりも高い視線は決して下がる事はない。 さっき自身が発砲した相手が転がっている場所へと足を踏み出すが、そこには誰もいない。 血すらも、その空間に残っていなかった。 「さっきここでまっちゃんを撃った。 確かに松川智治の姿をしていた。」 「おい、衽。それは俺じゃないだろ。」 「いくら偽物でも、まっちゃんの形をしたモノを撃ったんだよ、、」 悲しさを含む顔に強い後悔が見て取れる。 黒川は大きく息をすると、二人をじっと見つめて話しだした。 「まずは、この燃えてる人形に触れて何が出るのか確認する。 同じように怪物が出る可能性が高いけど、相手を知ることが、まずは先決だ。」 「‥‥被害が出ることは考慮の上で、情報収集に徹するってことですか?」 「ここが夢の中であれば、実害はない。 と言ったら嘘にはなるけど、俺たちに必要なのは、このループを終わらせる為の情報だからね。」 賤川は不服そうにしているが、松川は頷いて真剣に策を頭に入れている様子だった。 それは至極シンプルだ。 選択できる選択肢を一通り試してみようと言うものだ。 黒川は、二人を交互に見て、大きく深呼吸した。 先程自分が相棒を撃ったはずの空間から、 今はそこに何もないのに、抉れた目玉が自分を見ている気がする。 整えた髪さえ逆立ちそうなほどの悪寒が自分の体を這う感覚。それを腹部の痛みで隠して見て見ぬふりをする。 それは、まだ黒川が冷静である証だった。 「もし、俺の提案がのめないならそれでもいい。 ここには時間の換算も見られないし、じっくり考えて、答えを出して。」 そういうといつもと変わらない笑顔で黒川は伸びをした。 さっき目の前に出てきたものを思うと、怪物に会わなくても、幻覚的なもので精神的なダメージは溜まっていくだろう。 ならば、全て試してでも、早くここを出る算段を立てるべきだ。打つ手があるという希望はとても大きいはずなのだから。 「‥‥‥。」 賤川は黙って黒川を見つめている。 その瞳にはまだ納得ができない疑心が見て取れるが、同時に揺れ動く心情も現れていた。 提案を飲むことで起きる”害“を考え、それ以上の良策を思案するが、そんなものを思いつけるならば、とっくに提案している事も分かっている。 ようは、腹を括るのに時間が掛かっている状態だった。 反対に松川は、策に乗る事は了解の上の様子でストレッチを始めた。 迷いの見られないその様子は、むしろ異常さとも取れるが、彼の経験則を思えば、ただ思案するよりも行動して模索する方が性に合っているのだろう。 「おう。で、これからどうする?」 「そうだね。どっちにしても人形が手がかりなのは間違いないから、とりあえず車のところに戻ろう。」 「‥‥多分ですけど、その必要は無いと思います。」 進む話の中で、賤川が交番の中を指さす。 書類の入っている棚の中から、それらはこちらを見つめていた。 じっと、じっと、 何も疑いようも無いはずの人形が、今だけはどす黒い狂気を纏って見える。 三人はそれぞれの顔を見合わせると大きく息を吸った。 先に口を開いたのは悩んでいた賤川だった。 「わかりました。 衽さんの言う通りにします。 不本意ですけど、どうせ現状で俺が人形に触れるって事は、 避けるべきだろうってことはわかりますし、 援護に徹しますけど、いいですか?」 「なんで不本意とか言っちゃうの姫ちゃん、、 んでも、まぁ、そうなんだよねぇ、できればこれ以上匂い付けされない方が都合はいいんだよね。 となると、俺かまっちゃんだよね。」 一度静かになる辺り。 そこにどんな理由があろうと、相手が傷付く可能性があることを見逃すはずもなく、しかし話し合えばどちらも引かずに言い合いになってしまうのも目に見えている。 止めるが早いか、 動くが早いか。 松川は黒川よりも一歩早く人形に近づいた。 先に人形に触れてしまえば相手も何も言えない。 ようは早い者勝ちというわけだ。 賤川は二人の行動に合わせて周囲を警戒する。もし二人のうちどちらかが人形に触れたその瞬間から、あの怪物は姿を表す可能性が大きい。 覚えていないが、背中を裂き腕をもぎる程となるとその体躯と力は想像に容易いのだ。 身長が高いのは黒川の方で、比例して足も長いが、一歩分の差は埋まることはなかった。 松川はなりふり構わずと言った様子で 当初の話通り焼けている人形を手に取ったが、それをその身に受けることを想定していては一歩分の差はすぐに埋まっていただろう。 「ははっ!!俺の勝ち!」 「勝ち負けじゃ無いから!!!」 「遊んでないで警戒してくださいよ二人ともっ!!」 人形をドヤ顔で掲げて見せるその行動はなぜか余裕に満ちていて、まるで子供の様だった。 状況にそぐわない行動にため息をつきながらも黒川は松川の左足を見る。 特に突発的に焼け始めたりは見られないが何があるかは分からない。とにかく周囲を警戒するためにキョロキョロと視線を滑らす。 怪物が現れるまで、今までの経験からすれば1分もなかった様に思うが、正確な時間はわからない。せめて何かの情報になればと机上の砂時計をそっと裏返した。 松川は左足を少し上げて動きを確認しているらしく、異常がないとわかれば二人から少し距離をとった。 「万が一、火の粉でも飛んだら洒落にならないだろ」などと、この後に及んで人の心配をするあたり、つくづくこの男は救えない。 賤川は交番の外を見たが、怪物と呼ぶ様な姿は見られない。 幾分かさっきよりも暗く感じたが、緊張のせいで視界が狭まっているのだろうと首を振って警戒することに集中する。 目に見えない時間が淡々と過ぎていくなかで、それぞれに入れ替わり立ち替わり周囲を警戒していたが、そのまま緊張の糸が解れることはなく、気付けば砂時計の砂は全て下に落ちていた。 「来ねぇな、、」 「まっちゃん、人形に変化は?」 「特にねぇ。」 「お二人の話では、怪物はすぐに現れたんですよね。」 「あぁ。」 会話もそこそこに三人で交番から顔を出す。 居慣れた交番の中は無意識に警戒から外しやすいが、振り返って室内を見れば異質さを放つ人形たちが目について一気に気が引き締まる。 しかし、「セーブポイントの様な安心感」と 賤川がふと口を開けば、松川も黒川も同意して笑う。 ほんの一瞬の小ボケに笑う余裕は、おそらくこの三人だからこそだろう。 松川は手に持っていた人形の腕を見る。 なんら変哲のないそれを興味本位で引っ掛くが、特に自身が何か感じることはない。 連動しているのとはまた違った仕様なのだろうと、どこかゲーム的な思考を持ちながら、一歩交番を出るがやはり何も起こらない。 「他のも触ってみるか?」 「うーん、それはちょっとリスキーじゃない?」 「智治さん一応ズボン捲って足見せてくださいよ。」 「おう。」 松川は賤川に言われ、左足のズボンの裾を捲る。 しかしそこにはなんら変哲の無い足を見えるだけだ。 「意外と毛薄いんですね。」などと別の視点での賤川の返答に頭を小突いて裾を下ろした。 ブツンと意識が途切れた。 「まっちゃん!!!」 「智治さんっ!!!!!」 「しっかりして!!おい!ねぇ!まっちゃん!!」 「衽さん!氷は!!」 「電気止まってるから溶け切ってる、とにかく水で冷やすしかないっ!」 ハッと意識が浮上する。 おかしい。さっきまでたしかに起きていた筈だ。いつから目を閉じていた? いつから俺は寝転んでいた? いつから、どの瞬間から、、 これは夢か? この痛みは、なんだ?? 「っ!!!うあ゛っ!!!」 「まっちゃん!起きた?痛いよな、痛いよね、でも目を閉じるな!閉じないでくれっ」 「な゛に、何が、」 「混乱してますね、衽さんはそのまま話しかけててくださいっ、落としたメガネ取ってきます。」 めがね?おとした? いやだって落とす様な事は何も、俺は 伊吹姫を小突いて、それで、 なんだ?何がどうなってる? 怖い、怖い怖いっ!! まとまらない思考は体の痛みも伴ってその心さえも蝕んでいく。 薄れる視界の中で、相棒の、黒川衽の、今にも泣きそうな、いやもう溢れてしまっている涙にフォーカスが当たる。 なぜと言う言葉が残酷なまでにその身に叩きつけられ、思わず目を瞑りたくなるが、それでも黒川の声かけに閉じるわけにもいかず、繋ぎ止められた意識の中で、痛みの所在を辿る。 全身が反応をしているものの、唯一その存在すら感じ取れない部位を見つけた。 やはりと言うべきか左足に自身の手を添える。 体から抜けない力のせいで自身の手は左手を引っ掻く様な形になったが、その痛みすら感じない。 ちょうど自身が触れたのは太腿。しかし、その空間にあるはずの体積はどろりと溶けて無くなっていた。 見るべきではないとわかっているのに、一縷の望みと希望を求めた思考から、その足を見る。 脚には、焼け焦げた幼児が抱きついていた。 「っはっ!!ぁ!!!っーーー!!」 痛みと恐怖がより思考を混乱させていく。 何が起きた誰か誰かとその手は黒川の服を掴んだ。 もう何かを考えることなど、松川には出来なかった。 溢れ出た涙で視界が揺れて夢と現実の判別も、もうつかなかった。 「っーーーーーー」 飛んだ意識は、熱さに消えていった。 「あ゛あ゛っ!!!」
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