寒空

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寒空

「……寒っ」 スーツのポケットに両手を突っ込みながら、杉本は図書室に備え付けられている大型のストーブの電源を入れた。部屋の中は人気が無いためひんやりとしていて、冷たい空気が杉本の頬を撫でる。ストーブが点火するまで時間がかかるし、どうやら三浦の姿も見えない。こんな所に長居していたら、そのうち体が氷のように固まってしまいそうだ。 杉本は自分の白い息で手のひらを温めるように口元を覆う。気休めだが、それでも何もしないよりかは幾分かマシだった。 「あいつ、遅いな……」 図書室の時計が16時半を過ぎても、三浦は姿を現さない。呼んだのは向こうだと言うのに、どこで何をしているのか。 杉本は机の上に浅く腰掛けながら痺れを切らしたように腕を組み始める。 ジジジと音を立ててついたストーブから、石油の燃えた何とも言えない煙臭さが匂ってきて、杉本の鼻をすんと掠めた。 ……そう言えば昔、祖父母の家にあった石油ストーブからも同じような匂いがしたのを思い出す。今は亡き祖父母との暖かい冬の記憶は、どうも人肌を恋しくさせる。 まだ幼稚園生だった頃に両親が死んで、一番最初に引き取ってくれたのが父方の祖父母。母親の両親は杉本が生まれる前に二人とも亡くなっていたため、杉本の中での祖父母との思い出はその二人との物しか刻まれていなかった。 「……何考え事してるの?」 杉本がしばらくぼんやりと祖父母との思い出に浸っていると、不意に図書室の扉がガラガラと音を立てて開かれた。 杉本は扉の前に立ってこちらの様子を伺う三浦に気が付くと、座っていた机の上から腰をゆっくりと浮かす。 ついこの間、自分のことを嫌いだと言った生意気な生徒のことをなぜ自分はこんなにも素直に待っているのだろう。 「……遅いよ、三浦くん」 それはきっと、彼の手に握られているあの本のせいだ。
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