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いつかの青年
「……落ち着いた?」
差し出されたグレーのハンカチーフで涙を拭きながら、三浦は杉本の肩にもたれかかるようにして乱れた呼吸を整える。
まさか彼の前でこんなにも自然に涙を流してしまうとは、正直情けない気持ちで胸の中は一杯だ。年頃の三浦には、誰かに泣き面を見られることが酷く気恥ずかしかった。
……それでも隣に居る彼はいつも通り優しくて、自分のスーツに涙でシミができていようとも何か文句を言うことは無い。
「こんなみっともないところ、見せるつもりじゃなかったのに……なんか、ごめん」
「別に、謝る必要なんか無いよ。元はと言えば僕が無理矢理聞き出したみたいなものだし」
そうやって微笑む彼の瞳の奥には、一体何が見えているのだろうか。
三浦は杉本の琥珀色に光る瞳をじっと見つめながら、泣き疲れたためか鈍い痛みが響く頭でぼんやりと考えた。
きっと彼は、自分よりもずっと重たい何かを胸の奥の方へと閉じ込めている。
しかし、分かっていても慰めるための言葉が喉の手前でつっかえてしまうのは、あの夏の日に出会った青年と交わした、とある約束のせいだ。
「ねえ、先生」
「……ん?」
「いや……やっぱり、何でもない」
三浦は喉まで出かかった言葉を飲み込むと、不思議そうにこちらを見つめる杉本に向けて照れくさそうにはにかむ。
“だから君は言わないでよ。ありがとうなんて。”
本当は今すぐ彼に伝えたかったけれど、それを言ったらきっと彼は嫌な顔をするだろう。
いつもにこにこ笑いながら皆に頼りにされている彼からすれば、きっとその言葉は自分を縛り付ける呪縛の様なものなのだ。
「むず痒いな、寸止めなんてさ」
「ド忘れしたんだから仕方ないじゃん」
「ふうん……まあ、何でも良いけど」
_____ねえ、早く思い出してよ。
あの夏の日に語り合った思い出を、アナタは何処へ仕舞ったんだ。
三浦は杉本の整った横顔を眺めながら、記憶の片隅に残るいつかの青年のその凛とした表情に重ねた。
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