23人が本棚に入れています
本棚に追加
手元からすっかりいなくなってしまったあの分厚い本。あれは図書室に置いてある物で、杉本の私物ではない。三浦によって無断で持ち出されたことがバレてしまえば、きっと結構な大事にまで発展してしまうだろう。
正直それだけは絶対に避けたいところではあるが、先程面と向かって堂々と嫌い宣言をされた手前こちらから会いに行くのも小っ恥ずかしいものがある。
「ああ、もう……面倒くさいな」
幸いなことに、三浦は自分が受け持つクラスの生徒だ。後日机に突っ伏しているはずの彼に会って、素直に本を戻せと伝えれば良いだけの話。
ただ、何より面倒なのはその他の生徒達の方だろう。好奇心旺盛な彼らは自分が三浦に話しかけている所を見ただけで、きっと詮索するように騒ぎ立てる。
高校生なんて、きっとそんなものだ。子供とも大人とも言えない曖昧な年頃の時期は精神的にも不安定になり、扱いもより一層難しくなっていく。ひとたびその繊細心に傷を付けてしまえば最後。まるでガラスや陶器みたく一瞬でヒビが入り、やがて砕けて自らの形を忘れてしまうだろう。
杉本は図書室の窓から覗く美しい夕日を眺めながら、あの頃の自分の姿をぼんやりと思い出す。
十年前、ひぐらしの声がうるさい程に響いていたあの夏の夕暮れ。杉本は初めて、本当の自分を隠して生きていくということの辛さを知ったのだ。
「ねえ、叔父さん……なんでアンタは、俺のこと置いていったの」
最初のコメントを投稿しよう!