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あの本の行方
「え……三浦くん、お休みなんですか?」
三浦が学校を欠席したと聞いたのは、朝の職員会議が始まる前のことだった。
杉本の向かいの席に座る2年3組の担任、葉山純一は自分の強面顔にさらに拍車をかけるよう眉間に皺を寄せながら語る。
根は優しい生徒思いの教師なのだが、この厳つい顔に今年で四十八という年齢も相まって彼のことを怖がる生徒も少なくはない。
「三浦のやつ、ただでさえ授業サボったりしてるからな。ここで休まれると、進級にも響いてくるんだよ」
「ああ……」
「全く、どうしたもんか」
杉本は葉山の言葉に引き攣るような苦笑いを浮かべる。きっと三浦は自分のせいでズル休みをしているんだ、なんて馬鹿正直に言えるわけがなかった。
とは言え、三浦は欠課すら多いものの成績自体は非常に優秀だ。だからこそ、担任である葉山は彼のことに人一倍気を配っているのだろう。
こんなことを言ったら薄情だと言われるかもしれないが、今杉本が気にしているのは三浦自身ではなくあの本の行方だ。とにかく気が付かれる前に図書室に戻さなければ自分の首すらも危うい。
我ながら最低な奴だなと内心思いながらも、一度つけた仮面を今更外すことなんてできなかった。
「まあ、三浦くんのことですから。明日にはきっと、元気に戻ってきてくれますよ」
「そうだと信じたいが……」
信じるとか以前に、戻ってきてもらわなければ困る。喉まで出かかった本音を飲み込んだ杉本。すました顔して猫を被るのも、簡単ではないなと肩を落とす。
「……ええ、それではそろそろ職員会議を始めます」
デスクの上に置かれたキャラメル色のマグカップ。出勤してから淹れたまま放置していたブラックのインスタントコーヒーはすっかり冷めてしまったらしく、既に湯気は消えている。
そんな微温いコーヒーを味わいながら、職員達の和気あいあいとした雰囲気を遮るように響いたしゃがれ声に目を移す杉本。
例の如く嫌味ったらしい表情を浮べた禿頭の教頭の言葉は、今日も吐き気がする程に気持ちが悪い物だった。
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