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HRでのこと
三浦が来た。出勤したばかりの杉本に向けて、葉山が嬉しそうに告げた。彼の言葉通り朝のHRのため受け持つクラスへと赴けば、窓側の一番後ろの席でいつものように机に突っ伏している三浦の姿がある。
表には出さないが、杉本は心の中で安心したように胸を撫で下ろした。とにかく、これで三浦にあの本を返すように伝えることができる。
教室の後ろにひっそりと立ち葉山が生徒達に熱く何かを語っているの右から左へと聞き流しながら、杉本は少し離れた所に見える三浦の猫背をじっと眺めてみる。その気だるげな姿はまるで、窓枠で気持ち良さげに昼寝をする黒猫の様だ……などとのんきに考えていると、不意に三浦がむくりと体を起こした。
机に片肘をついて頭を支える様にした三浦は背後からの視線に気が付いたのか、長い前髪の隙間から杉本の方を伺うようにして視線を動かした。
興味本位と言えど、少し眺めすぎたようだ。杉本は交差した視線を自然に葉山へと流すように移すと、何事も無かったように葉山の話に相槌を打ち始める。流石に不自然すぎただろうか。
「では、HRを終わりにする。杉本先生、何かありますか?」
「いえ、僕から伝えることは特に何も」
先程目を逸らした方から何だか視線を感じるような気がするが、気にしないふりを貫き通して杉本はHRを終了へと促す。
確か、一限は2年1組で世界史を教えることになっていたはずだ。杉本の専攻は本来地理なのだが、若人が教えたい科目を選べるほど教師という仕事も楽ではない。
HRが終わると生徒達は授業の準備のためわらわらと椅子を鳴らして席から立つ。杉本も今日の授業で使う教材を準備するため、それに合わせるように一度職員室へ戻ろうとクラスを後にしようとしたのだが、不意に着ていたスーツの袖を引っ張られたことにより彼は動きを止める。
「……先生」
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