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教室全体には決して響かないような弱々しくか細い声に杉本が振り向く。自分よりも少しだけ背の低い三浦が、杉本の着ている黒のスーツの袖を人差し指と親指を使い摘むようにして掴んでいた。
「……おはよう、三浦くん。一昨日ぶりだね」
たった一日見なかっただけで不思議と久しぶりのように感じてしまうのは、きっと一昨日の図書室での出来事が悪い。あのとき逃げるように立ち去ってしまった三浦は、昨日一日何を考えて過ごしていたのだろうか。
そんな月並みの疑問を抱えながら、杉本は自分を呼んだ三浦の声に答えるためいつもの優しい笑顔に戻る。
すると彼は前髪の隙間から覗く黒目をチラチラと泳がせながら言った。
「先生……昨日、俺。ズル休みじゃないから」
「……え?」
「本、放課後返すよ」
三浦の言葉に、杉本は困惑した。そして同時に気が付いた。彼の口元に不自然にできた茶色いカサブタのようなもの。そもそも、一昨日の時点ではそんな痕なんてなかったはずなのに。
それだけ言い残すと踵を返すように自分の席へと戻ってしまう三浦のことを、杉本は呆気に取られたように口を半開きにさせながら見つめる。ズル休みじゃない、とは。彼は何のために今それを自分に報告したのか。
「……なんだよ、あいつ」
杉本には、三浦という男の意図が全くと言っていいほど分からなかった。
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