本家と元祖

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「本家と元祖の争い」  そういうものを目にしたことがある人は多いと思う。  何かの商売であれば、優れたものをどちらが先に作り出したかというのは、それなりに「売り文句」になるし、いい自慢になるものだから。  けれど、「どっちが先か」というような話は、そのもの自体の現在の質に大きく関係しているわけでは無いのも事実だろう。どちらかというと、「昔ながらの状態を維持していますよ」という主張が「本家」「元祖」の言葉にはこもっているように感じる。  だから、例えばある食べ物の本家とか元祖なら、食べてみて「うん。これ、これ。これが昔の味だ」なんて懐かしむ。そういう、記憶と相俟っての旨さがある。  ある、少し寂れた商店街の中程に、「本家」、「元祖」とそれぞれ頭に赤文字で大きく書いた看板を出している店が、商店街の通路の左右に、互いをにらみ合うようにしていた。  一体の何の本家と元祖を主張して、こうしているのかと見ると。看板にはこう書いてある。 「本家 人類創世」 「元祖 人類創世」  この両方の店の由来を知らない人間が見たら、「なんかの新興宗教か?」などと思うかもしれない。少し興味は引くが、関わりたくは無い感じ。店に入ってみる勇気がある人も少ないようだ。興味本位。酔狂な人。そういう人が軽くのぞいてみるくらいに見える。 「この店。ここを通るときに、いつも気になるんだけど。何の店なの?」  30歳前後くらいの、優しげな、それでいてしっかりした物腰の男が、連れだって歩く20代後半にさしかかったくらいの女に、軽い調子で声を掛けた。 「気になるでしょぉ?」  女は、ふふふっと小さく笑いながら、男のほうを見て、それから「本家」と「元祖」の看板をちらっと見た。 「人類創世ってなに?」  男は、女と同じように商店街の通りの左右のその店を交互に見て、女の笑いに釣られるように、ふふんと鼻を鳴らすように小さく笑っていた。 「人類創世なんて、興味は湧くけど、ちょっとは入れないよねぇ」 「でも、店自体は古そうだし、経営はやっていけてるってことだよなぁ」 「やっていけてるというか、儲けとかは、どうでもいい店らしいよ」 「道楽でやってるってこと?」 「ううん。道楽っていうか、書いてあるとおりに「本家」と「元祖」の意地?みたい」 「へえ。人類創世に本家とか元祖があるっていうのが……神様っていうことか?」  女は、店について知っていることを男に話して聞かせた。 「本家っていう方が、世の中に人類を作り出した神様らしいの。遙か昔に、この地球上に人類とか、それだけじゃなくて、あらゆるものを作り出したんだって。……店に入るとね、奥の真ん中に、ちょっと頑固そうなおじいさんが一人座っていて、椅子に座るように勧めて。座ると、店の壁に掛けてある、いろんな、若い男の子と女の子が高い樹の根元でリンゴを食べている絵とか、大きな船にたくさんの人と動物が乗り込んでいく絵とか、人類創世に関わる絵を指さしながら、あれこれと懐かしそうに話してくれるんだって」  女はそこで一息ついて、こんどはもう一方の店の話を始めた。 「元祖のほうはね、店に入ると、やっぱり店の奥の真ん中に中年男性が椅子に座っていて、お客さんが来ると立ち上がって、店の棚に置いてある品物とか、昔の写真とかを見せながら説明してくれるんだって。その中年のおじさんは「遙か昔、遠い宇宙から地球にやって来た」人らしいよ。三角形の巨大な建物の作り方を人間に教えた話とか、人間がどうやったら空を飛べるかを図を描いて見せたりしたんだって。そういうときのおじさんは、すごく楽しそうなんだって聞いたわ」 「話だけ聞くと、変わってるけど面白そうな感じもするなぁ。神様なら、頼めばなんか奇跡とか起こしてくれないのかな?……宇宙人のおじさんなら、なんかすごい科学力をみせてくれたりしないの?」  男がそういうと、女は少し勢いを付けて首を横に振った。 「それがね。神様のほうは、『昔こういうことをした』っていう話をしてくれるだけみたい。『神は、人の願いをたやすく叶えるものではない』っていうのがポリシーで、何にもしてくれないんだって。それと宇宙人のおじさんのほうはね、地球に来たっていうか、宇宙船の故障で落ちてきたっていうのがほんとの所で、その行きがかりで人類に自分の知っている知識を伝えて、文化を発展させたんだけど、数千年の間に、教えることは全部教えてしまって、今は地球人のほうが科学力は上なんだって」 「じゃあ、神様も宇宙人も、話だけなのか……それじゃあなぁ」 「でも、最近は近所のお年寄りがお茶とかお菓子を持ち寄って、思い出話に花が咲いてるらしいわよ」 「へぇ~」  男女は手を繋いでクスクス笑いながら歩き、少し人垣のする所を見て女が言った。 「あの、『名代 みたらし団子』っていう看板のお店、おいしいのよ。買っていこ!」  二人は小走りに、列に並んだ。
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